台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅
(更新)
「安南河粉」はなぜ台湾に広がったのか
嘉義で出会った、取材拒否のフォーの店。その店で修行した料理人が、台湾各地で店を開いている。
今回取材したのは、嘉義で学び、台中で独立した料理人。ちょうど嘉義に来ているという情報をもらい直接取材に訪問した。
最初に聞いたのはシンプルな質問。
「為什麼會自己出來開店?」
(なぜ独立したのか?)
返ってきた答えは、予想外だった。
「太太是越南人」
(妻がベトナム人だから)
しかも、ベトナム人の奥様は嘉義のお店の元スタッフである。技術の継承だけでなく、家族・ルーツ・生活が重なって生まれている。単なる弟子の独立ではない。本店の味と奥様のアレンジで新しい味が生まれている。
「為何選台中?」
「朋友介紹好地點」
(友人に良い場所を紹介された)
ここにも台湾らしさがある。人のつながりで場所が決まる。もちろん良い場所であるというのは前提条件ではあると思う。
ここが今回の取材の核心。
「嘉義跟台中在客人或口味上有什麼差別?」
答えは、驚くほどシンプルだった。
「沒差」
(違いはない)
嘉義の味がそのままアレンジされながらも台湾各地に広がっています。
最後に聞いた。
「為什麼台灣越南料理越來越多?」
答えは現実的だった。
(とても多い/二世も増えている/作る人が多い)
そこに料理がある。
本来であれば、さらに深く掘り下げるために台中まで足を延ばし、取材を続けることも考えました。しかし今回の特集の軸は、あくまで「北多摩と台湾南部」にあります。テーマから逸れないことを優先し、本稿での取材はここまでとします。
嘉義で出会った一杯が、台中でそのまま再現されていたことに驚きました。味を変えずに広がるのは、単なるレシピではなく、文化そのものが共有されているからだと感じます。台湾の食は、人の移動とともに広がっていく。その現実を実感した取材でした。
広がっていたのは、店ではなく、人でした。その背景にあったのは、大きな戦略ではなく、人と人とのつながりと日々の積み重ね。これから何かを始めようとしている方にとって、その一歩は、思っているより遠くないのかもしれません。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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