台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅
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阿里山で見た高山茶とコーヒーの現場
台湾・嘉義県の山岳地帯「阿里山」といえば、森林鉄道や雲海で知られる観光地として有名です。阿里山の山あいには、いまや台湾を代表する高級茶産地として知られる「阿里山高山茶」の製茶工場が点在し、さらに近年は世界的評価を受けるスペシャリティコーヒー産地としても注目を集めています。
今回取材したのは、そんな阿里山の茶葉工場。一面に広げられた茶葉、焙煎機の並ぶ工房、そして山岳地帯ならではの壮大な景観からは、山の地形そのものを価値へ変える産業の姿が見えてきました。

阿里山

現在「阿里山高山茶」として知られる高級烏龍茶ですが、その本格的な生産が始まったのは比較的新しく、1970年代以降とされています。当時、台湾茶産業は大量生産中心から高品質・高付加価値路線へと転換。その中で注目されたのが、標高1,000mを超える阿里山の山岳地帯でした。1980年代には台湾の行政機関である農業部茶及飲料作物改良場(TRES:Tea Research and Extension Station)による高地栽培の試験・技術普及が進み、1990年代の茶品評会などを通じて「阿里山高山茶」のブランドが確立していきます。
阿里山高山茶の特徴は、一般的に
と表現されます。その背景にあるのが、阿里山特有のテロワール:風土条件(Terroir)です。
霧が強い環境では日照が適度に遮られ、茶葉の成長速度がゆるやかになります。その結果、苦味成分の生成が抑えられ、香り成分を蓄えた柔らかな葉に育つとされています。


取材した工場では、摘み取られた茶葉が一面に広げられ、天日・送風による萎凋(いちょう)工程が行われていました。この工程で茶葉の水分を抜き、香りを引き出す下準備を行います。
という工程を経て、高山烏龍茶へと仕上がっていきます。
近年、阿里山では茶だけでなくコーヒー産業も急成長しています。実は台湾におけるコーヒー産業の基盤整備は、日本統治時代に本格化した歴史があります。当時、日本政府は台湾各地でコーヒー栽培を奨励し、商業農園を整備。戦後は一度衰退しましたが、2000年代以降の台湾精品咖啡(スペシャリティコーヒー)ブームを受け再燃しました。特に阿里山では、鄒族(拼音 · Zōuzú:注音 · ㄗㄡㄗㄨˊ )など先住民族地域を中心に生産が拡大しています。
阿里山コーヒーはしばしば、「お茶のようにクリーンで華やか」と評されます。
これは、阿里山の生産者の中には茶づくりの発酵・乾燥技術をコーヒー精製へ応用する動きも関係するのではと言われています。長年培われた茶産業の知見が、新たなコーヒー産業へ技術移転されているのです。こうした背景から阿里山産コーヒーは近年国際品評会でも評価され、ゲイシャ種など高級豆の産地として存在感を高めています。
今回の取材を通して感じたのは、阿里山の産業は単なる農業ではなく、「地形そのものを価値化する産業設計」だということでした。急峻な山岳地帯という一見不利にも見える環境を、
へと転換し、地域ブランドとして成立させているのです。
また、こうした阿里山コーヒーのブランド化を支えている背景には、台湾国内で続くコーヒー市場の拡大もあります。各種市場調査では、台湾のコーヒー消費量は今後も増加傾向が予測されており、国内需要の高まりが高品質な台湾産コーヒーへの注目を後押ししているとみられます。
狭山茶文化を持つ北多摩エリアでも、地域の風土や歴史を活かしたブランドづくりは重要なテーマです。
阿里山の事例は、「その土地にしかない条件をどう価値へ変えるか」という点で、地域づくりの大きな示唆を与えてくれます。
阿里山の茶とコーヒーは、そんなことを教えてくれる産業でした。
現地で広げられた茶葉の香りを吸い込んだ瞬間、「高級茶」という言葉だけでは片付けられない、産地の重みを感じました。阿里山では、山の気候も地形も、人の技術も、すべてが一杯の味に反映されています。
土地の個性をブランドに変えるという営みは、私たち北多摩の地域づくりにも通じるものがあるのかもしれません。

台湾に約10年間在住し、現地で生活・仕事を経験。
現在はまいぷれ東村山・小平・東大和 編集部として、北多摩と台湾をつなぐ視点から、歴史・文化・地域の魅力を取材・発信しています。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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