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【嘉義】日本統治時代に造られた監獄なのに美しい

更新)

阿里山檜で造られた台湾近代法治の象徴「獄政博物館」を訪ねて

監獄なのに、なぜこれほど美しいのか

 

嘉義に残る「旧嘉義監獄」が語る、台湾近代法治のはじまり

 

嘉義市中心部に、一見すると官公庁か学校にも見える、端正な白亜の建物があります。そこはかつて、本当に監獄として使われていた場所「獄政博物館(旧嘉義監獄)」です。監獄と聞けば、重苦しく無機質なコンクリート建築を思い浮かべる方が多いかもしれません。

 

しかしこの施設には、阿里山檜の天井、手作りガラス、繊細な装飾、洋風建築の意匠が残り、「監獄」とは思えないほどの美しさがありました。なぜ、ここまで意匠を凝らした監獄が嘉義に造られたのでしょうか。

 

その背景には、日本統治時代の台湾で進められた近代法治国家化の歴史がありました。

旧嘉義監獄模型

日本統治下の台湾で始まった「近代監獄制度」

 

台湾では清朝時代まで、現在のような「自由刑(一定期間拘禁する刑罰)」は一般的ではなく、主に笞刑・杖刑・流刑・死刑などの身体刑が中心でした。

 

しかし1895年、日本による統治開始後、日本は西洋近代法を基礎とした近代刑事制度・監獄制度を台湾へ導入します。現地展示資料によれば、日本統治初期に「台湾監獄令」「台湾監獄令施行細則」を制定し、西洋近代の自由刑中心の制度を台湾へ導入したとされています。

 

 

入り口

1919年着工、1922年完成

 

台湾近代獄政を象徴する「放射状監獄建築」、現在の旧嘉義監獄は、1919年(大正8年)着工、1922年(大正11年)竣工、当時は、「台南刑務所嘉義支所」として整備されました。

 

最大の特徴は、中央監視所から舎房が放射状に伸びるペンシルベニア式(放射状監獄)の採用です。これは19世紀欧米で発展した近代監獄建築思想を基にしたもので、

  • 中央から全舎房を監視できる少人数で効率的に管理できる
  • 規律と秩序を空間設計で担保する

という思想に基づいています。

 

 

舎房通路

中央監視所

通路の扇風機

嘉義だから実現した木造監獄

 

阿里山檜が支えた100年建築、旧嘉義監獄を特別な存在にしているのは、その建築素材です。施設内展示によれば、典獄長(刑務所長)室には阿里山檜の天井材を使用と明記されています。さらに施設各所には、

 

  • 阿里山産檜材
  • 木造トラス構造
  • 下見板張り
  • 竹編み+土壁工法
  • 漆喰仕上げ

など、日本統治期木造建築の高度な技術が投入されています。これは、嘉義が阿里山林業の玄関口として発展した「木都(もくと)」 だったからこそ嘉義の林業・木材加工技術の集大成がここにありました。

拘禁だけではなかった近代獄政に込められた「矯正」と「管理」

 

展示資料からは、当時の監獄が単なる拘禁施設ではなく、更生・矯正施設として設計されていたことも読み取れます。施設内には、

  • 工場(作業場)
  • 医務室
  • 病監
  • 洗濯場
  • 女性収容棟(婦育館)
  • 育児室

まで設けられていました。特に婦育館の展示では、女性受刑者が子どもを伴って収監される場合、3歳未満の子どもを育児室で保育していたという記録もあり、当時としてはかなり制度化された管理体制だったことが分かります。

 

もちろん現代の人権感覚で見れば厳しい面もありますが、一方でこれは「懲罰」から「管理・矯正」への転換期を示す歴史資料でもあります。

女性収容棟(婦育館)入り口

育児室

戦後も使われ続けた監獄

 

旧嘉義監獄は戦後、

  • 1945年:台湾嘉義監獄へ改称
  • 1994年:新施設へ移転

するまで、実に70年以上にわたり現役施設として使われ続けました。

 

  • 2002年 嘉義市定古蹟
  • 2005年 国定古蹟
  • 2011年 修復完了・公開

となり、現在は「獄政博物館」として一般公開されています。

 

 

面会室

風呂場

工場入り口

日本統治時代の監獄という負の歴史を消さずに残すという選択

 

監獄は本来、楽しい場所ではありません。しかし台湾はこの施設を壊さず、保存し、公開し、学びの場に変えました。

 

  • 「法治の歴史」
  • 「人権の歴史」
  • 「近代化の光と影」

を未来へ伝えるためです。美しい建築でありながら、そこに刻まれているのは決して美談だけではない。そこには台湾の成熟した歴史保存姿勢を感じました。

北多摩にも通じる「建物が語る時代の価値観」

 

東村山・小平・東大和にも、学校、公民館、役所、鉄道施設など、時代ごとの思想を映した公共建築が残っています。建物は単なるハコではなく、

 

「その時代が何を大切にしていたか」

 

を今に伝える装置です。嘉義旧監獄もまた、台湾近代化の価値観を建築そのものに刻み込んだ歴史の証人でした。もし嘉義を訪れる機会があれば、「法治と建築と木都・嘉義の歴史が交差する場所」
として歩いてみてください。

 

 

筆者プロフィール

 

台湾に約10年間在住し、現地で生活・仕事を経験。
現在はまいぷれ東村山・小平・東大和 編集部として、北多摩と台湾をつなぐ視点から、歴史・文化・地域の魅力を取材・発信しています。

 


※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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