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台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅

【台湾・台南】300年前の港町が若者の集まる人気エリアに

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台南・神農街に学ぶ、歴史を活かしたまちづくり

台湾・台南市にある神農街(Shénnóng Jiē、ㄕㄣˊ ㄋㄨㄥˊ ㄐㄧㄝ、シェンノンジエ)は、今や台南屈指のフォトジェニックスポットとして知られる人気観光地です。しかし、この通りの本当の魅力は、単に「映える街並み」というだけではありません。

 

そこには、300年以上前の商業都市としての歴史を残しながら、古い建物を壊さず、新たな価値へと再生したまちづくりの姿がありました。今回は、台南の人気観光地・神農街を歩きながら、その歴史と再生の背景、そして東村山・小平・東大和にも通じる地域資源の活かし方について考えます。


 

神農街

 

かつては港町の商業拠点だった「神農街」

 

神農街は、清朝時代に台南の商業を支えた「五條港(台Gōo tiâu káng)(中Wǔ tiáo Gǎng)(ウーティアオガン)」地区の一角に位置します。五條港とは、かつて台南市街地に張り巡らされていた5本の運河の総称。そのうち神農街周辺は、主要港のひとつ「南勢港」に面した商業地として栄え、多くの商人や荷役労働者が集まる場所でした。

 

現在の神農街は細い路地ですが、かつてはこの裏手まで運河が伸び、船で運ばれた荷物が日々この街へと運び込まれていたと伝えられています。


建物に残る港町の記憶、神農街を歩いていると、多くの建物で2階部分に扉のような開口部が見られます。これは装飾ではなく、船で運ばれた荷物を2階倉庫へ直接吊り上げるための構造とされており、港町として栄えた時代の名残です。

 

一度は衰退した歴史地区

 

しかし、神農街はずっと賑わっていたわけではありません。港の機能移転や都市構造の変化により、五條港エリアは次第に商業の中心地としての役割を失い、20世紀には衰退していったとされています。古い建物は残ったものの、

  • 老朽化
  • 空き家化
  • 商業機能の低下

といった課題を抱えるようになりました。

 

壊すではなく活かすという選択

 

そんな神農街が再評価され始めたのは近年です。歴史的街並みに魅力を感じた若い事業者やクリエイターたちが、古民家をリノベーションし、

  • カフェ
  • 雑貨店
  • バー
  • ギャラリー

として活用を開始。現在では、「古い街並みそのものが観光資源」となり、台湾国内外から観光客が訪れるエリアへと再生しました。

 

肥貓故事館(Fat Cat Story): 看板猫がいる人気カフェ。手作りケーキや猫モチーフの雑貨が楽しめます。お客さんが多かったのと猫に懐かれてしまいカメラが出せませんでした。

古いことは、弱みではなく価値になる

 

神農街を歩いて感じるのは、古い建物があるからこそ、新しい店が魅力的に見えるということです。もしここが普通の新築テナント街だったら、これほど人を惹きつける場所にはならなかったでしょう。歴史的建築をブランド価値に変えた好例とも言えます。

北多摩の東村山・小平・東大和にも通じる視点

 

この神農街の姿は、決して海外の特別な成功事例ではありません。私たちの地域にも、

  • 古民家
  • 旧商店街
  • 昔ながらの個人店
  • 用水路や街道沿いの歴史景観

など、「古いからこそ価値になる資源」が数多く残っています。しかし現実には、

  • 「古い=使いにくい」
  • 「古い=壊した方が早い」

と判断されてしまう場面も少なくありません。神農街は、そんな固定観念に対して古いものを残すことが、まちの魅力になるということを示してくれます。

 

神農街はまちづくりのヒント

 

夜になると、神農街には無数のランタンが灯り、幻想的な景色が広がります。その美しさに目を奪われますが、本当に見るべきなのはその背景です。そこにあるのは、歴史を守ったからこそ生まれた風景であり、過去を残したからこそ未来につながった街でもあります。

 

「歴史がある」ことは、それだけで地域の武器になる。そんなことを実感した取材でした。

 

執筆:まいぷれ編集部 荒井(台湾在住歴10年)

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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