台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅
(更新)
1932年から街を見守る台南モダンの象徴
台南の中心部を歩いていると、ひときわ目を引くレトロな建物があります。それが、1932年創業の林百貨店(ハヤシ百貨店)です。「日本統治時代の建物が残るレトロ百貨店」として知られていますが、実際に訪れてみると、それだけでは語り尽くせない場所だと感じました。ここは、日本統治時代に台南の近代化の象徴として生まれ、戦争を生き延び、再生を果たし、いまなお街の文化を発信し続けています。

林百貨店
林百貨店は山口県山口市徳地生まれ、29歳で新天地に希望を抱き台湾へと渡った、林方一(1883~1932)によって1932年12月5日開業しました。当時の林百貨は南台湾で最先端の百貨店として建設され、当時の台南では最大級・最高層の商業建築でした。さらに、市内でも珍しいエレベーターを備えた近代建築として、多くの人々を驚かせたとされています。
当時の台南では、この建物は「五層楼仔(五階建ての家)」と呼ばれ、街のランドマークになりました。今では当たり前の「エレベーターに乗る」という行為自体が、当時の人々にとっては未来体験だったのです。
現地展示では、1930年代の台湾について、
などが広がり、「台湾が近代文明へ進んだ時代」と説明されていました。その中心に置かれていたのが林百貨です。台南にモダンライフを持ち込んだ象徴的存在と言っても過言ではありません。
林百貨最大の特徴の一つが、屋上神社(末広社)です。現地の説明によると、開業時(1932年)にはまだ設置されておらず開業半年後の1933年5月12日完成、商売繁盛・産業の守護神を祀る神社として建立、台湾で唯一現存する百貨店屋上神社とされています。百貨店の屋上に神社があるという構成自体、現在では非常に珍しかったそうです。

空襲・銃撃の痕跡1

空襲・銃撃の痕跡2
華やかな歴史だけではありません。現地説明によると、1945年3月1日、台南は米軍による大規模空襲を受けました。林百貨も被害を受け、屋上部分、一部フロア、建物外壁が損傷。修復後の現在も、屋上には空襲・銃撃の痕跡が保存されています。
戦後、林百貨は百貨店としての役目を終えます。
などとして使用されました。この建物は、
商業 → 行政 → 軍事 → 文化施設
と役割を変えながら生き延びてきたことになります。
そして長い修復期間を経て、2014年6月14日、林百貨(林デパート)として再オープン。館内では、台南老舗とのコラボ商品、地元デザイナー雑貨、台南食文化を伝える食品、展示・文化イベントなどを展開。
さらに近年は、
と、台南文化を外へ発信する基地として進化しています。
今回印象的だったのは、林百貨が毎年12月に開催している「府城摩登大遊行(HAYASHI Parade)」です。2014年の再開業以来、
なども巻き込みながら開催される、台南の年末恒例イベントになっているとのこと。
林百貨と北多摩に直接の歴史的接点はありません。しかし、地域メディアとして非常に考えさせられたのは、歴史資産は「残す」だけでは終わらないということです。
林百貨は、保存から活用、物語化から商業化、最後は市民を巻き込みイベントの中心となり、街のブランドになっています。
これは、北多摩(東村山・小平・東大和)にある地域資源をどう活かすか考えるうえでも、非常に大きなヒントになるのではないでしょうか。


台湾に約10年間在住し、現地で生活・仕事を経験。
現在はまいぷれ東村山・小平・東大和 編集部として、北多摩と台湾をつなぐ視点から、歴史・文化・地域の魅力を取材・発信している。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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