台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅
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媽祖廟と老街文化
台湾・雲林県北港鎮にある北港朝天宮(Běi gǎng cháo tiān gōngㄅㄟˇ ㄍㄤˇ ㄔㄠˊ ㄊㄧㄢ ㄍㄨㄥ)ここは、台湾を代表する媽祖廟(まそびょう)の中心地の一つとして知られ、現在は国定古蹟にも指定されている重要な寺廟です。

祈る人々
北港朝天宮の始まりは、1694年。臨済宗の僧・樹璧和尚が、中国・湄洲島から媽祖の神像を奉じてこの地に渡ったことが起点とされています。その後、1700年に寺廟として整備され、幾度もの修復や再建を経て現在の姿へと発展してきました。
もともと北港は「笨港(Běngǎng)」と呼ばれ、台湾有数の港町として栄えた場所でした。しかし河川の変化によって港としての役割は衰退。それでも町が消えなかった理由は、ここに信仰の中心があったからです。「港の町」から「媽祖廟の町」へと役割を変えながら生き残ってきた場所なのです。
現地で特に印象的だったのが、この「北港老街歴史」の案内板。そこには、17世紀の時点で北港がすでに地図に記され、複数の街路によって形成された商業都市だったことが説明されています。
現在の道路と重なりながら、その構造は今も残っています。
朝天宮を中心に放射状に広がるこの町の形は、媽祖廟が都市をつくった典型例です。これは、日本の門前町(寺社を中心に発展した町)とも非常に近い構造です。

廟を中心に広がる老街
北港朝天宮は、建築としても非常に価値の高い場所です。
中でも特徴的なのが、龍の柱(龍柱)。乾隆年間のものも残っており、時代ごとの様式の違いを一つの空間で見ることができます。また、廟前に配置された四海龍王の石像など、海との関係を象徴する意匠も多く、港町としての歴史を感じさせます。台湾宗教建築の変遷そのものが詰まった場所です。

龍の柱
北港迎媽祖という町のエネルギー、毎年旧暦3月19日、20日に行われる「北港迎媽祖」。
これは台湾の国家重要民俗にも指定されている行事です。最大の特徴は、神輿に向かって大量の爆竹を投げ込む「炸轎」。火と音に包まれながら神輿が進む光景は圧倒的で、北港では「爆竹が多いほど繁栄する」と信じられています。
など、信仰・芸能・地域文化が一体となった祭りが展開されます。北港ではこの期間を「第二の正月」と呼ぶほど重要な行事です。
朝天宮の前に広がる老街は、グルメの宝庫でもあります。特に有名なのが、鴨肉飯と鴨肉焿。
また北港は、
といった特産品も有名。これは北港がかつて農産物の集散地だった歴史ともつながっています。
北港朝天宮を中心に広がるこの町は、今も多くの参拝客でにぎわっています。一方で、雲林県全体では若い世代の都市流出が続き、北港鎮でも人口は長期的に減少傾向にあり、高齢化も進んでいます。それでも北港には、人が集まり続けています。信仰を目的に訪れる人々が町に流れ込み、商いを支え、祭りを維持しているからです。人口が減っても、人の流れは止まらない。この構造こそが、北港という町の現在の姿です。
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