台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅
(更新)
― 歩いて見えてきた、都市を支えたもう一つの場所 ―

檜意森活村の再活用された元宿舎
台湾・嘉義市にある檜意森活村。実際に歩いてみると、まず感じるのは「日本みたいだな」という感覚でした。瓦屋根に木の家並み、縁側のある空間。どこか懐かしさのある風景が広がります。ただ、しばらく歩いていると、もう一つ気づくことがあります。
「とても綺麗に整っている」

地図
檜意森活村は、日本統治時代(1895~1945)にあたる1910年代から1940年代にかけて建てられた宿舎群で、阿里山林業を支えた人々の暮らしの場でもありました。修復・再整備し、観光・文化施設として再生したエリアです。現在では、再生された空間として、カフェやショップとして使われている建物も多く、今も使われている場所になっています。
整備されているにも関わらず、ここには独特の空気があります。
これは、この場所がもともと、林業に従事する人たちの「住まい」だったからです。
その理由は、阿里山の林業にあります。当時、阿里山のヒノキは世界的にも評価が高く、日本へと大量に運ばれていました。嘉義はその中継地として
を担っていました。ここは「都市を支えるための拠点」だった場所です。
この視点で見ると、ぐっと身近になります。東村山や小平、東大和の歴史を振り返ると
がありました。共通しているのは都市の外側が都市を支えているという構造。さらにもう一つ共通点があります。それは、働く人の暮らしが、そのまま地域になっていること。檜意森活村が「家」として残っているのは、ここが単なる産業施設ではなく、生活の場だったからです。それは、北多摩の農家や開拓の暮らしとも重なります。
村内には、映画KANOのロケ地として使われた建物もあります。近藤兵太郎監督の自宅シーンが撮影された「T21棟」は、現在「KANO故事館」として公開されています。中に入ると、畳の部屋当時の生活空間の再現嘉義農林学校に関する資料、が展示されており、物語の中に入る感覚を体験できます。
※KANOについては別記事で詳しく紹介します
もちろん、純粋に散策する場所としても魅力的です。
特に夕方から夜にかけては、ライトアップで雰囲気が大きく変わります。
阿里山森林鉄道と合わせて巡ると、この場所の意味がより深く理解できます。
檜意森活村は、日本統治時代の建物が残る場所であり、林業の記憶を伝える場所であり、そして今も人が集まる場所です。ただ、それ以上に感じたのは「都市を支えていた側の記憶が残る場所」だということでした。観光地として見るだけではもったいない。色々な共通点を探しながら散策してしまいます。
執筆:まいぷれ編集部 荒井(台湾在住歴10年)
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