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【小平市】「知恵伊豆」と呼ばれた男

川越藩主・松平信綱とは何をした人物だったのか

イラストはイメージ図です。

江戸時代初期の人物で、川越の基礎を築いた藩主として語られることが多い松平信綱(まつだいら のぶつな)。一方で、小平の歴史をたどっていると、玉川上水野火止用水の文脈でもその名に出会います。

つまり松平信綱は、単なる一地方の藩主ではなく、江戸という都市、川越という城下町、そして武蔵野の開発にまで関わった人物でした。川越市立博物館の資料では、信綱は1596年生まれ、1662年没で、1639年に忍から川越へ転封し、城下町の町割りや川越城の増築、新河岸川舟運など、川越の基礎をつくった人物として紹介されています。

 

この記事では、松平信綱を「有名な偉人」としてではなく、なぜ今も語られるのかという視点から、その生涯と功績を小平からの視点から整理します。

松平信綱とはどんな人物か

 

松平信綱は、3代将軍徳川家光4代将軍家綱に仕え、老中として島原の乱、慶安事件、明暦の大火などの危機に対処した人物と紹介されています。生没年は1596年から1662年です。

 

信綱は幕府代官・大河内久綱の長男として生まれ、幼くして叔父の松平正綱の養子となり、家光付きの小姓になったとされています。のちに幕政の中枢を担うようになり、若いころから将軍家の近くで経験を積んだことが分かります。

 

信綱は当時から「智恵伊豆」(知恵伊豆)の別称で親しまれたと記されており、聡明さや判断力の高さが、後世まで強い印象として残っていたことがうかがえます。

なぜ「知恵伊豆」と呼ばれたのか

 

松平信綱が「知恵伊豆」と呼ばれた理由は、単に頭が良かったというだけではありません。信綱にまつわる伝記『事語継志録』では、その別称がふさわしいほど、聡明で軽妙なエピソードがちりばめられた伝記だとされています。同資料では、島原の乱の現地で、信綱が諸軍勢の長期在陣による疲弊を見抜き、江戸からの正式な返答を待たずに兵粮米の下付 (ひょうろうまいのかふ)を判断したこと、そしてその判断がのちに将軍家光の意向とも一致していたことが紹介されています。こうした記述からは、信綱が単なる命令待ちの役人ではなく、現場で決断できる実務家だったことが見えてきます。

 

知恵伊豆」という呼び名は、後世の美化も含んでいる可能性はありますが、少なくとも公的資料から見える範囲でも、危機対応と統治の両面で抜けた判断力を発揮した人物だったことは確かです。

島原の乱で何をしたのか

 

松平信綱の名を大きくした出来事の一つが、島原の乱です。南島原市の公式ページによると、島原・天草一揆は1637年から1638年にかけて起きた大規模な一揆で、島原半島・天草の領民あわせて約3万7千人が原城に立てこもり、幕府連合軍は総勢12万でこれを鎮圧しました。

 

川越市立博物館の資料では、信綱は寛永14年に始まるこの乱の鎮圧で、戸田氏鉄とともに総大将として九州の諸大名を指揮したとされています。さらに、原城攻めの場面では、兵粮の手当てや諸軍勢への配慮など、軍事だけでなく統率面でも力量を発揮したことが紹介されています。

 

島原の乱そのものは重税禁教政策飢饉など複数の要因が重なった複雑な事件ですが、その鎮圧を通して信綱は幕府が危機のときに頼る実務責任者として存在感を強めました。

 

川越藩主として何を残したのか


信綱は島原の乱ののち、1639年に川越へ転封されました。信綱はこの転封後、野火止新田をはじめとする耕地開発や、新河岸川舟運の整備などの領地支配を行ったとされています。

また現在の川越祭り、新河岸川舟運、城下町の町割り、川越城の増築など、川越の基礎をつくったと言っても過言ではないとされています。

 

信綱は、江戸幕府の中央で働いただけでなく、川越という地域社会をどう整えるかにも大きく関わりました。信綱は「政治家」であると同時に、まちを設計した藩主でもあったのです。

 

小平とも関係があるのか

 

ここが、今回のテーマで特に面白いところです。松平信綱川越藩主として知られますが、小平の歴史とも確かにつながっています。小平市公式ページ「玉川上水の歴史」によると、幕府は1653年に玉川上水の開削を許可し、総奉行は老中・松平伊豆守信綱、水道奉行は伊奈半十郎、工事を請け負ったのは玉川庄右衛門・清右衛門兄弟でした。工事は1654年に完成したとされています。

 

さらに小平市公式「野火止用水の歴史」では、信綱は玉川上水完成後、その功績により、乾燥した台地で生活用水に苦しんでいた自領・野火止のために玉川上水からの分水を許可され、1655年に野火止用水を開通させたと説明されています。費用は三千両(およそ1億2,000万円~3億円以上の価値)を要したと伝えられています。

 

野火止用水は「時の老中、松平伊豆守信綱が武蔵野開発のためにつくった水路」とされています。小平市内を流れるこの用水の存在を考えると、信綱は小平に「来た人物」ではなくても、小平の風景を形づくった人物の一人といえます。

 

玉川上水・野火止用水と信綱の位置づけ


小平市公式「玉川上水の歴史」は、総奉行が信綱であった一方、工事の実務には伊奈半十郎玉川兄弟、さらに安松金右衛門らの補佐が関わったことを記しています。しかも、工事については途中失敗説や先行計画説など複数の説があり、公式な記録が残されていないため正確なことは分からないとも明記されています。

 

慶安事件と明暦の大火でも中心にいた

 

松平信綱は、島原の乱のあとも幕政の中枢に居続けます。家光が死去した1651年、信綱は由井正雪らによる慶安事件を解決し、幼い4代将軍家綱を補佐したとされています。また、殉死を選ばず、生きて将軍を支える道を取ったことも紹介されています。

 

さらに、1657年の明暦の大火では、江戸城本丸や天守閣が焼失する危機への対応と、その後の復興に信綱が大きく関わったとされています。

 

信綱の経歴を並べると、戦乱の鎮圧都市インフラ城下町整備将軍交代時の危機管理災害復興と、江戸初期国家の重要局面に何度も立ち会っていることが分かります。これが後世まで名前が残る理由です。

 

松平信綱をどう評価すべきか

 

公的資料を並べていくと、信綱が危機対応、統治、都市整備、開発政策のそれぞれで大きな役割を果たしたことは確かです。川越市にとっては城下町整備の立役者であり、小平にとっては玉川上水・野火止用水を通して武蔵野の暮らしに関わった人物としてみることができます。

 

言い換えれば松平信綱は、「一人の偉人」よりも、「江戸という仕組みを動かした実務トップ」として見ると、ぐっと分かりやすくなります。

まとめ

 

松平信綱は、1596年に生まれ、1662年に没した江戸初期の幕府重臣です。家光・家綱の時代に老中として働き、島原の乱、慶安事件、明暦の大火といった大きな危機に対処しました。また、1639年に川越藩主となってからは、城下町整備や舟運、耕地開発を進め、川越の基礎を築いた人物として評価されています。さらに小平の視点で見ると、玉川上水の総奉行、野火止用水の創設者として、武蔵野の暮らしを支える水の歴史にも深く関わった人物でした。小平や川越の歴史を歩くとき、松平信綱は「昔の偉い人」ではなく、今ある地形や水路や街の骨格に影響を残した人として見えてきます。そこに、この人物を学ぶ面白さがあります。

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参考資料

 

小平市公式「玉川上水の歴史」

https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/009/009353.html
小平市公式「野火止用水の歴史」

https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/006/006180.html
小平市公式「野火止用水」

https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/000/000117.html
川越市立博物館『博物館だより』第85号(松平信綱特集)

https://www.city.kawagoe.saitama.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/013/725/85.pdf
川越市立博物館 「知恵伊豆 信綱 松平信綱と川越藩政」

国立公文書館デジタル展示「信綱言行録」紹介

https://www.digital.archives.go.jp/file/3145685.html
南島原市公式「島原・天草一揆(島原天草の乱)」

https://www.city.minamishimabara.lg.jp/kyouiku/kiji0034735/index.html

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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