東村山・小平・東大和の歴史と文化
玉川兄弟(庄右衛門・清右衛門)とは何をしたのか

写真はイメージです。
東京都の多摩地域から都心へと続く「玉川上水」。現在もその流れの一部は残り、散策路として親しまれています。この水路をつくったのが、玉川庄右衛門・清右衛門の兄弟です。江戸時代初期、人口が急増していた江戸では、水不足が深刻な問題となっていました。その解決のために行われたのが、玉川上水の開削です。
また、小平市ではこの玉川上水について、小学校の授業でも地域の歴史として学ぶ内容の一つとなっており、子どもたちにとっても身近な存在です。
この記事では、
を、整理します。
玉川兄弟は、玉川庄右衛門と玉川清右衛門の2人で、江戸時代前期に玉川上水の工事を請け負った人物とされています。小平市公式「玉川上水の歴史」では、玉川上水は1653年に幕府の許可を受け、翌1654年に完成したとされており、その工事を請け負ったのが玉川兄弟です。
同資料では、
総奉行:松平信綱
水道奉行:伊奈半十郎
工事請負:玉川兄弟
という役割分担が示されています。
玉川上水は、多摩川から水を取り、江戸市中まで水を運ぶための水路です。その距離は約43kmに及びます。武蔵野台地は水が乏しく、しかも高低差の調整が難しい地形です。
この工事は、
という、当時としては非常に高度な土木事業でした。
玉川上水の工事については、途中で失敗があったとする説や、別の人物が完成に関わったとする説など複数の見方があります。ただし、公式な記録が残されていないため、詳細は現在も明らかになっていません。
ここは特に誤解されやすいポイントです。
一般的には「玉川兄弟=玉川上水を作った人」と語られます。公的資料では工事の請負人であることは確かですが、全工程の詳細は不明とされています。また、小平市の資料では、工事には安松金右衛門など複数の人物が関わったことも示されています。
そのため、単独で作ったのではなく、大規模工事を担った中心的な実務者の一人と理解するのが適切です。
玉川上水は、小平市内も通っています。そしてこの水路の存在が、のちの新田開発(鈴木新田・小川新田など)を支えました。さらに、玉川上水から分水された、野火止用水、各新田の用水によって、武蔵野台地に人が住める環境が整っていきます。
玉川上水は、江戸の飲料水を支えただけでなく、
としても機能しました。さらに現在でも、歴史遺産、緑地・散策路として活用されています。
この工事は400年近く機能し続けているインフラという点が、玉川兄弟が評価され続ける理由と考えられます。
玉川兄弟は江戸という都市を成立させた水の仕組みを担った人物といえるのではないでしょうか。
・小平市公式「玉川上水の歴史」
https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/009/009353.html
・小平市公式「野火止用水の歴史」
https://www.city.kodaira.tokyo.jp/kurashi/006/006180.html
・東京都水道歴史館(展示・解説)
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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