まちの達人特集
(更新)
BLUSTLINK代表取締役 原田昌直さん
60歳での起業。原田昌直さんが歩んできた道
「私には、最後のチャンスでした。」
穏やかな表情でそう話してくださったのは、小平市鷹の台でオリジナルプリントや刺繍、レーザー加工などを手がけるBLUSTLINK代表取締役の原田昌直さんです。
60歳という人生の節目で会社を立ち上げ、新たな挑戦を選びました。多くの人が、これまで積み重ねてきたものを守りながら次の人生を考え始める年齢です。
しかし原田さんは、「まだ挑戦したい」という思いを胸に、新しい一歩を踏み出しました。その決断の背景には、36年間積み重ねてきた繊維業界での経験だけではありません。高校時代、親戚から掛けられた、ある一つの言葉がありました。
「君は、信念を持って生きているのか。」
当時は答えられなかったその問いが、人生の節目ごとに原田さんを支え続けてきたといいます。今回は、BLUSTLINKを立ち上げるまでの歩みと、ものづくりに込めた想いについてお話を伺いました。

BLUSTLINK代表・原田昌直さん
「小さい頃ですか?」
そう尋ねると、原田さんは少し照れくさそうに笑いました。
「先生には、よく怒られていましたね。」
じっとしているよりも、外で遊ぶことが好き。思ったことはすぐに行動に移す。そんな活発な少年だったそうです。
「クラスに何人かいる、元気な子どもの一人でした。」
その頃から夢中になっていたものがあります。それが「絵」でした。長年、油絵を描いていたお父様の姿を見ながら育ち、自然と絵を描くことが好きになっていったといいます。
高校では本格的にデッサンを学び始め、時間を忘れて描き続ける毎日。現在、デザインや素材、色彩と向き合う仕事をしている原田さん。その感性の原点は、この頃に育まれていたのかもしれません。
子どもの頃の夢は、デザイナーではありませんでした。
「パイロットになりたかったですね。」
きっかけは、テレビ番組『兼高かおる世界の旅』。世界各国の景色や文化を見ながら、「いつか自分も世界を飛び回りたい」と憧れていたそうです。
また、お母様の存在も、原田さんの人生に大きな影響を与えています。
「母は83歳までフルマラソンを走っていました。」
年齢を理由に挑戦を諦めない姿は、今でも目標だと話します。
「いくつになっても挑戦できるということを、母が教えてくれました。」
60歳で起業を決意できた背景には、お母様の生き方も少なからず影響していたのでしょう。
高校時代。
原田さんには、自ら「人生の転機」と振り返る出来事がありました。親戚から掛けられた、たった一言です。
「君は、信念を持って生きているのか。」
「当時は、その問いに何も答えられませんでした。」
その言葉をきっかけに、初めて自分自身と向き合ったといいます。
「そこから少しずつ、自分を変えようと思いました。」
自分を変えようと努力した結果、自然と周囲の環境も変割っていきました。劇的に何かが変わったわけではありません。それでも、自分の人生を自分で選ぼうと決めたことが、その後の人生につながっていきます。
「あの言葉が今も心に残り続けています。」
そう静かに話す表情からは、今もなお、その言葉を大切にされていることが伝わってきました。
高校から大学まで続けていたのが、水泳コーチのアルバイトでした。
「子どもたちと接する時間は、本当に勉強になりました。」
そこで先輩コーチから学んだこととして
「子どもと向き合う時は100%。フォローは200%。」
本気で向き合うこと。そして、その後はもっと時間をかけて寄り添うこと。この教えは、社会人になってからも変わることはありませんでした。
そして、現在のBLUSTLINKでの仕事にも、その考え方は受け継がれています。
大学卒業後、原田さんが入社したのは、大手繊維会社でした。
「会社では、本当に多くのことを学ばせてもらいました。」
ものづくり、企画、営業。
36年間、一つひとつの経験を積み重ねながら、繊維業界の第一線で歩んできました。振り返ると、その時間が今のBLUSTLINKの土台になっているといいます。
仕事をする上で、原田さんがずっと大切にしてきたことがあります。それは、商品だけを見るのではなく、その先で使う人を想像することです。
「目の前のお客様だけを見ていても、本当に良い提案はできません。」
新しい商品を企画するときには、自らお客様のもとへ足を運び、実際に使う人の声を聞くことも少なくありませんでした。
「実際に使う人を知らなければ、本当の意味での提案にはならないと思っています。」この考え方は、会社員時代だけではなく、現在のBLUSTLINKでも変わることはありません。
長い会社員生活の中には、もちろん順風満帆ではない時期もありました。
「一番大変だったのは、お客様対応ですね。」
思うような結果にならないこともありました。眠れない夜を過ごしたこともあったそうです。原因を考え、改善し、もう一度お客様のもとへ足を運ぶ。その積み重ねが、今の自分を育ててくれたと振り返ります。
高校時代に親戚から掛けられた「信念を持って生きているのか」という言葉。そして、水泳コーチ時代に学んだ「向き合うこと」。その二つが、社会人になってからも原田さんを支え続けていました。
人生で最も大きな転機は何でしたか。そうお聞きすると、原田さんは迷わず答えました。
「子どもが生まれたことですね。」
それまで夢中になっていたサーフィン。好きだったバイク。休日の過ごし方は、大きく変わりました。
「やめようと思ったわけではないんです。」
気が付くと、家族と過ごす時間の方が自然と大切になっていました。そして、人生を振り返って、こんな言葉も話してくださいました。
「私は、家族に支えてもらってきた人生です。」
起業を決意した時も、奥様は背中を押してくれました。現在はBLUSTLINKで刺繍を担当し、一緒に会社を支えています。原田さんの挑戦は、一人で歩んできたものではなく、家族とともに積み重ねてきた歩みでもありました。
役職定年を迎えた時、会社からは業務委託という形で仕事を続けるお話もあったそうです。長年勤めた会社とのつながりを持ちながら、新しい挑戦をする。その選択肢もありました。
それでも、原田さんには自分の中で消えない思いがありました。
「このまま終わりたくなかったんです。」
その言葉は、とても静かでした。36年間積み重ねてきた経験。ものづくりへの想い。そして、自分自身で新しい価値を生み出してみたいという気持ち。
「60歳という年齢を考えたら、私には最後のチャンスでした。」
そうして誕生したのが、BLUSTLINKです。
原田さんが起業した理由は、会社を持つことだけではありませんでした。繊維業界で仕事を続ける中で、プリントや刺繍などの加工技術を担う会社が少しずつ減っていることを感じていたそうです。
「このままでは、大切な技術がなくなってしまうかもしれない。」
だからこそ、その技術を未来へつないでいきたい。そんな思いが、起業を後押ししました。現在BLUSTLINKでは、刺繍をはじめ、DTGプリント、DTFプリント、HP Latexによる大型印刷、レーザー加工など、さまざまな加工技術を組み合わせ、お客様のご要望に応えています。
「技術は目的ではありません。」
少し間を置いて、原田さんは続けました。
「技術は、お客様に喜んでいただくための手段なんです。」
その言葉には、36年間積み重ねてきた経験が込められていました。会社を立ち上げて最初は今まで培ってきた人間関係や仲間たちからの応援もあり、創業1年目にして良いスタートが切れたと語ります。
一件、一件。
人とのご縁を大切にしながら、少しずつ仕事を積み重ねてきました。
「更に飛躍していきたいと思います。」
その表情には、安心よりも、「これから」という前向きな気持ちが感じられました。
会社を構えたのは、小平市鷹の台。
「この地域には、自分の好きなことを大切にしている人が多いと感じたんです。」
近くには美術大学があり、若いクリエイターも集まります。
「学生さんの感性って、本当に面白いんですよ。」
若い人たちから刺激を受け、自分自身もバージョンアップしていきたい。そんな思いも、この場所を選んだ理由の一つでした。
一人ひとりの「つくりたい」という想いと出会えることが、今の仕事の楽しさにつながっています。
「私は、プリントを売っているとは思っていません。」
取材の最後、原田さんが静かに話してくださった言葉です。
BLUSTLINKでは、Tシャツやユニフォーム、バッグ、オリジナルグッズ、大型印刷、レーザー加工など、さまざまな加工を手がけています。しかし、原田さんが向き合っているのは、製品そのものではありません。
「お客様には、それぞれ作りたい理由があります。」
同じプリントでも、その背景にある想いは一人ひとり違います。
「その想いを、できるだけ形にしたいんです。」
その一言に、原田さんの仕事への姿勢が凝縮されているように感じました。
プリント加工は、画面で見た色と、実際に仕上がった色が完全に同じになるとは限りません。素材によっても、質感によっても印象は変わります。だからBLUSTLINKでは、本番前の試し刷りや色の確認を大切にしています。
「お客様が思い描いているものに、できるだけ近づけたい。」
そのために、時間を惜しまず確認を重ねます。
「『思っていたものと違う』という仕事にはしたくないんです。」
この言葉を聞いたとき、私は第2章で伺ったクレーム対応のお話を思い出しました。人と向き合い続けてきた36年間。その経験が、今の仕事の姿勢につながっているのだと感じます。
「印象に残っている仕事はありますか。」
そうお聞きすると、刺繍の仕事について話してくださいました。
他社では難しいと言われた加工。それでも、「まずはやってみましょう」と挑戦した結果、お客様に喜んでいただき、追加のご依頼までいただいたそうです。
「やっぱり、喜んでもらえるのが一番うれしいですね。」
決して派手な言葉ではありません。けれど、その一言に、原田さんが何のために仕事をしているのか、その答えが詰まっているように感じました。
今後挑戦したいことを伺うと、「技術の進歩と共に新しい表現方法に挑戦していきたい」という答えが返ってきました。
また美術大学との交流にも意欲を見せます。
「若い人の感性って、本当に刺激になるんです。」
いつでも自分自身が学ぶ立場でいたい。60歳を過ぎてもなお、新しいことに興味を持ち、挑戦を続ける姿勢は、少年時代に世界へ憧れた頃と変わらないのかもしれません。
10年後、BLUSTLINKをどんな会社にしていきたいですか。その質問に、原田さんは迷うことなく答えました。
「多摩地域のものづくりのハブになりたいですね。」
BLUSTLINKが、そんな場所になれたら。それが原田さんの描く未来です。そして、ご自身については、こんな言葉で締めくくってくださいました。
「まだ見たことのない感性に出会っていたいですね。」
新しい人と出会い、新しい表現を知り、それをまた仕事へ生かしていく。その繰り返しが、これからも原田さんの人生を豊かにしていくのでしょう。
取材を通して印象に残ったのは、「信念」という言葉でした。高校時代に親戚から掛けられた、
「君は、信念を持って生きているのか。」
という問い。その言葉にすぐ答えは出なかったかもしれません。けれど、その問いを胸に、自分と向き合い続けてきたからこそ、36年間の会社員生活があり、家族との時間があり、60歳での起業という挑戦につながったのだと思います。
原田さんがつくっているのは、プリント製品だけではありません。誰かの「つくりたい」という想いを受け止め、それを形にする仕事です。その一つひとつの積み重ねが、人と人をつなぎ、新しい挑戦を支えているのだと感じました。
BLUSTLINKという名前に込められた「LINK(つながり)」という言葉は、会社の理念であると同時に、原田さん自身の生き方そのものなのかもしれません。これからも鷹の台から、たくさんの「つくりたい」が形になっていくことを楽しみにしています。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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