地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

東村山市・小平市・東大和市の地域情報サイト「まいぷれ」東村山市・小平市・東大和市

まちの達人特集

【第12回】東村山で訪問ペット葬儀を支える島田さん

更新)

命と地域に寄り添うペットセレモニーウェイビー西東京支店

東村山市で、訪問ペット葬儀を行う「ペットセレモニーウェイビー西東京支店」の島田さん。24時間365日、大切な家族であるペットとの最後のお別れに寄り添う一方で、地域では民生委員や保護司として活動し、ラジオのパーソナリティにも挑戦しています。初対面では穏やかな笑顔が印象的ですが、お話を伺って最初に返ってきた言葉は少し意外なものでした。

 

「実は、子どもの頃は引っ込み思案で、人と話すのが本当に苦手だったんです。」

 

今では地域のさまざまな場面で人と向き合う島田さん。しかし、その歩みは決して一直線ではありませんでした。

今回は、ペット葬儀という仕事との出会い、地域とのつながり、そしてこれから目指す姿についてお話を伺いました。

島田聖也さん

第1章 「人前に出るなんて考えられなかった」少年時代

 

島田さんは兵庫県神戸市で生まれました。本籍は西宮市。幼稚園までは神戸で過ごし、小学校から大学までは三木市で育ちます。

 

「昔は本当に引っ込み思案でした。今でもそうなんですけど、もっと人見知りでしたし、人と話すことが苦手でした。」

 

現在はラジオで話し、地域活動にも積極的に参加している姿からは想像しにくい言葉です。幼い頃から動物が大好きだったのかと思いきや、答えは少し違いました。

 

「鳥や金魚は飼っていました。でも、親があまり動物を飼うことに積極的ではなかったので、自分から『飼いたい』と強く言うことはありませんでした。」

 

大学時代になり、知人から猫を譲り受けたことが、本格的に動物と暮らす最初の経験になりました。

その後、結婚して家庭を持ってからも、お子さんにアトピーがあったこともあり、長い間ペットを飼うことはありませんでした。

 

現在は奥様の希望もあり、ヨークシャーテリアと一緒に暮らしています。

 

「今になってようやく犬と暮らすようになりました。」

そう穏やかに話す姿からは、家族とともに歩んできた時間が伝わってきます。

 

 

第2章 猫との別れが教えてくれた「あの頃の当たり前」

 

命について考えるきっかけを伺うと、島田さんは大学時代に飼っていた猫との別れを話してくださいました。当時、島田さんは東京で暮らしていました。猫が亡くなったのは実家にいた頃のことです。

 

「その頃は、今みたいにペット火葬なんて身近じゃありませんでした。」

お母様は、大切にしていた猫を箱へ寝かせ、果物を添えて見送りました。そして、そのまま処分するしかありませんでした。

 

「埋めようと思っても、簡単に埋められる場所もありませんでしたし、仕方ないと思っていました。」

今では訪問ペット葬儀という選択肢があります。

 

 

しかし当時は、それが当たり前ではありませんでした。

 

 

だからこそ現在、「後悔のないお別れをしてほしい」という思いで、一件一件のお見送りに向き合っています。

過去の経験が、今の仕事の価値をより深く理解する土台になっているのかもしれません。

第3章 福祉の現場から、命を見送る仕事へ

 

大学卒業後、島田さんは福祉の世界へ進みました。約10年間、高齢者福祉の現場で働き、多くの人と関わる日々を送ります。しかし、転機は突然訪れました。

 

「人間関係ですね。」

多くを語ることはありませんでしたが、その一言には長年積み重ねてきた葛藤がにじんでいました。

 

「辞めたいと思いました。」

とはいえ、生活があります。当時、お子さんはまだ大学生。

 

「給料を下げるわけにはいかなかったんです。」

次の仕事を探す中で思い浮かんだのは、人の葬儀会社でした。福祉の経験を生かせる仕事として考えていたといいます。ところが、求人を探しているうちに目に留まったのが「ペット葬儀」でした。

 

「なぜこの仕事を選んだのか、と聞かれると難しいんですけど……。」

少し考えながら、島田さんは当時を振り返ります。実はその頃、パニック障害も抱えていました。電車に乗ることが難しくなっていたため、働き方そのものを考え直さなければならなかったのです。

 

「移動火葬なら車で仕事ができますし、自分の生活にも合っていました。」

仕事内容だけではありません。複数の会社を比較する中で、最も魅力を感じたのがウェイビーでした。

 

「一番良かったのは研修です。」

最初から一人で現場へ出るのではなく、先輩スタッフに同行し、一件一件の葬儀を見学しながら学んでいく。

 

「ペットへの接し方も、ご家族への対応も、本当に丁寧でした。」

技術だけではない。亡くなった命への向き合い方、ご家族への寄り添い方。その姿勢に共感し、この会社なら安心して仕事ができると感じたそうです。振り返れば、福祉の仕事で培ってきた「人に寄り添う姿勢」は、形を変えて次の仕事へとつながっていました。

第4章 朝6時から深夜0時まで。修業の日々

 

新しい仕事は、想像以上に厳しいスタートでした。

 

「最初はゆっくり始めるつもりだったんですよ。」

ところが、入社して間もなく、本社の火葬車が故障するという思わぬ出来事が起こります。その影響で、西東京だけではなく、本社エリアの仕事まで担当することになりました。

 

「毎日、平塚まで行っていました。」

朝6時に出発し、厚木、湘南、秦野へ。その日の予定が終わる頃には夜になり、さらに別の現場へ向かうことも珍しくありませんでした。相模原から本栖湖へ向かい、夜に西東京へ戻った後、再び平塚方面へ向かった日もあったといいます。

 

「その日は結局、家に帰れませんでした。」

走行距離は日に日に増え、ガソリン代だけで月10万円を超えたこともありました。疲労は限界に達し、一瞬、踏切を赤信号と勘違いして車を止めてしまったこともあったそうです。それでも、島田さんは当時を振り返ってこう話します。

 

「あの頃に鍛えられました。」

一件として同じお別れはありません。ご家族の思いも、ペットとの歩みも、それぞれ違います。だからこそ、多くの現場を経験した日々が、今の自分を支えていると感じています。

第5章 「安心しました。」その一言が、この仕事のやりがいになる

 

ペットとのお別れは、多くの飼い主さんにとって初めて経験する出来事です。突然の別れに、何をすればいいのかわからない。気が動転し、言葉も出ない。そんな状態で島田さんのもとへ連絡が入ります。

 

「最初は皆さん、本当に張り詰めています。」

島田さんは、自分から「こういう信念があります」と多くを語るタイプではありません。それでも取材を通して伝わってきたのは、目の前のご家族に誠実に向き合い、一つひとつのお見送りを丁寧に積み重ねてきた姿でした。

お別れの流れを説明し、ご家族の気持ちを確認しながら、その子らしい最期の時間を一緒につくっていく。

すると、最初は硬かった表情が少しずつ和らいでいくそうです。

  • 「ちゃんと見送れました。」
  • 「安心しました。」
  • 「お願いして良かったです。」

そんな言葉をいただくたびに、この仕事を続けてきて良かったと思うと話します。

悲しみは消えることはありません。それでも、安心して送り出せたという気持ちが、ご家族にとって次の一歩につながる。

 

島田さんは今日も、その時間に静かに寄り添っています。


 

くるめラ「おはようキャッチ!」島田聖也さん・まいぷれ荒井・野間清史さん

第6章 地域と関わることで、自分も変わっていった

 

仕事以外でも、島田さんは地域との関わりを少しずつ広げています。現在は東村山市で民生委員として活動し、地域福祉協力会にも参加しています。

 

「地域とのつながりは、本当に増えました。」

さらに現在は保護司としても活動しています。社会復帰を目指す人と面接を重ね、生活や悩みに耳を傾ける役割です。決して目立つ活動ではありません。しかし、地域の安心を支える大切な仕事です。

 

また、「社会を明るくする運動」にも参加しています。毎年見かける黄色いのぼり旗について、

「あの黄色は『幸福の黄色いハンカチ』が由来なんですよ。」

と笑顔で教えてくださいました。

 

そして最近では、ラジオのパーソナリティにも挑戦しています。

「もともとは、人前に出るような人間じゃなかったんですけどね。」

そう笑う島田さん。

 

子どもの頃、人と話すことが苦手だった少年が、今では地域へ情報を届ける立場になっています。

  • 民生委員
  • 保護司
  • ラジオ

どれも派手な活動ではありません。それでも一歩踏み出すたびに、新しい人との出会いがあり、新しい役割が生まれてきました。

 

「昔の引っ込み思案だった自分を、少しずつ乗り越えていけたらと思っています。」

その言葉は、とても自然で、飾らないものでした。

最終章 「認知される存在になりたい」

 

最後に、これからの目標を伺いました。少し考えたあと、島田さんは短く答えます。

 

「認知されたいですね。」

 

その言葉は、有名になりたいという意味ではありません。ペットとの突然のお別れに直面したとき、「島田さんに相談してみよう」と思い出してもらえる存在でありたい。

 

地域活動でも、「あの人なら安心」と頼ってもらえる存在でありたい。そんな思いが込められているように感じました。

 

子どもの頃、人と話すことが苦手だった一人の少年。福祉の仕事を経て、人生の転機を迎え、ペットとの最後のお別れに寄り添う仕事と出会いました。そして今は、民生委員、保護司、ラジオパーソナリティとしても地域に関わりながら、人と人をつなぐ存在へと歩みを進めています。

 

「昔の自分だったら、こんなことは考えられなかったと思います。」

そう振り返る島田さんの表情には、穏やかな自信がありました。

 

「認知されたい。」

最後にそう話してくださった島田さん。子どもの頃、人と話すことが苦手だった少年は、福祉の仕事を経て、命と向き合う仕事に出会いました。

 

そして今は、民生委員、保護司、ラジオパーソナリティとしても地域に関わっています。

一歩ずつ挑戦を重ねながら歩んできたその姿は、「特別な人」だからではなく、「少しずつ前へ進み続けてきた人」だからこそ、多くの人の共感を呼ぶのかもしれません。

 

東村山で困ったときに、

「島田さんに相談してみよう。」

そんな存在を目指す歩みは、これからも続いていきます。

 

ペットセレモニーウェイビー 西東京支店

訪問ペット葬儀・ペット火葬

【東京・埼玉県南西部】24時間ご自宅で行える訪問ペット葬儀

東村山市秋津町5-22-13

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

PICK UP 東村山市・小平市・東大和市のお店 ~暮らし・相談~