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まちの達人特集

【まちの達人特集 第8回】「私は運が良かった。」

更新)

涙で始まった蕎麦屋人生を笑顔で振り返る 横田智江子さん

「私は運が良かった。」

 

取材の終盤、人生を振り返りながら横田智江子さんは何度もこの言葉を口にしました。昭和56年、小平市で創業した「そば処甚五郎」。地域を代表するそば店として38年間愛され、一度は暖簾を下ろしました。

 

しかし、その後「もう一度甚五郎をやってほしい」という多くの人の声に背中を押され、自宅を改装して新たな甚五郎が誕生しました。そこには、華やかな成功物語ではなく、家族を支え、店を守り、人との縁を大切に歩み続けてきた、一人の女性の人生がありました。

そば処甚五郎・横田智江子さん

「夢なんてなかった」 茨城で育った少女時代

 

横田さんが生まれ育ったのは茨城県。

 

当時は村中が石材業で栄え、「石屋御殿」と呼ばれるほど景気の良い時代でした。一方で、横田さん自身は幼い頃から遊び回る毎日ではありませんでした。学校が終われば山へ行き、薪になる木や松葉を集める。お風呂を沸かすための大切な仕事です。

 

「働かざる者食うべからず。」

 

そんな空気の中で育ったため、働くことが苦になることは一度もありませんでした。

高校卒業後は洋裁学校へ進学。

 

当時は「嫁に行くなら商売をしている家がいい」と考え、25歳までには結婚したいと思っていたそうです。「夢なんてなかったよ。昔は今みたいに『将来は〇〇になりたい』なんて時代じゃなかったからね。」そう笑いながら話してくださいました。


 

姉のお見合いが、自分の人生を変えた

 

人生の転機は、お見合いでした。本来、お見合いをする予定だったのはお姉さん。ところが話がまとまらず、代わりに横田さんが会うことになります。その相手こそ、後にご主人となる横田さんでした。

 

  • 2月にお見合い。
  • 3月に結納。
  • 4月には結婚。

驚くほど早い展開でした。しかも、その直後にオイルショックの影響で実家の石材業は大きな打撃を受けます。

 

「もし結婚が少し遅かったら、身分が違って結婚できなかったかもしれない。」

 

横田さんは今でも、「私は運が良かった」と振り返ります。

食料品店から、借金8,000万円のそば屋へ

 

結婚後、ご主人は家業の食料品店を営んでいました。しかし大型スーパーの進出により状況は一変。店を続けることが難しくなります。その時、ご主人の弟が「そば屋をやろう」と提案しました。

 

昭和56年。

 

家族は8,000万円を借り入れ、「そば処甚五郎」を開業します。しかし、そば屋は簡単に始められる仕事ではありません。家族全員で3年間、そばやつゆの研究を重ねました。

 

「修業へ行っても、本当に大事なことは教えてくれないの。」

 

だからこそ、自分たちで試し、考え、積み重ねるしかありませんでした。周囲からは「半年で潰れる」と言われたそうです。それでも諦めることはありませんでした。

 

 

悲しくないのに、涙だけが流れた

 

開業当初は、朝8時から夜11時まで働く毎日。宴会があれば帰宅はさらに遅くなりました。当時は食器洗浄機もなく、山のような食器を一枚一枚洗い続けます。

 

  • 「疲れて疲れてね。」
  • 「悲しいわけじゃないのに、涙だけが出てくるの。」

 

それでも、「こんなものだ」と思えたのは、子どもの頃から働くことが当たり前だったから。3か月ほどすると体も少しずつ慣れ、ようやく前を向けるようになりました。

母として、今でも心に残る後悔

 

商売は軌道に乗りました。しかし、その裏側には母親としての葛藤がありました。4人のお子さんの運動会や学芸会。ほとんど見に行くことができませんでした。

 

「商売は子どもが犠牲になる。」

 

そう言い切る横田さん。一度だけ店を休み、子どもの学校行事へ行けた日があります。

 

「あの日は本当にうれしかった。」

 

何十年経った今でも、その時のことを鮮明に覚えているそうです。その後、お店が安定してからは「子どもたちの結婚式だけは精一杯してあげたかった」と話してくださいました。

苦労の果てに地域へ愛される店になった

 

最初は苦戦した甚五郎でしたが、3年ほど経つ頃には少しずつお客様が増え始めます。向かいにマンションが建ち、さらに地域の人々が集まる店へ。やがてテレビや雑誌からも注目されるようになりました。

 

『NHK』や『レタスクラブ』、『ぶらり途中下車の旅』など、多くの取材が訪れます。小平名物「糧うどん」を畑から取材しに来ることもありました。当時、小平には34軒ものそば店があったそうですが、その中でも甚五郎は地域を代表する一軒として知られる存在になっていきました。


 

30代、一番苦しかった日々

 

人生で最も苦しかった時期を尋ねると、横田さんは迷わず答えました。

 

「30歳から33歳。」

 

店の経営だけでなく、家族経営ならではの人間関係にも悩み、ストレスから倒れてしまいます。救急車で搬送され、診断は過換気症候群。働きたくても働けない日々が続きました。

 

それでも、「店を守らなければ」という思いだけは変わりませんでした。

 

一度閉じた暖簾。そして、もう一度

 

38年間続けた甚五郎は、一度その歴史に幕を下ろします。年齢や体力の限界。

 

ご主人は平成20年に他界。

 

相続の問題も重なり、閉店を決断しました。ところが、その後も地域の人たちは口をそろえて言いました。

 

「甚五郎、またやってよ。」

 

その言葉がなければ、今の甚五郎はありません。息子さんが店を継ぎ、娘さんも戻り、家族が再びそろいました。

そして横浜銀行から融資を受け、自宅を改装して新たな甚五郎がスタートします。

 

  • 「昔のお客さんが戻ってきてくれてね。」
  • 「あぁ、38年間やってきたことは無駄じゃなかったんだなって思った。」

 

そう話す横田さんの表情は、とても穏やかでした。


 

「私は運が良かった。」

 

取材中、横田さんは何度も人生を「運が良かった」と表現しました。

 

  • 優しい義理の両親との出会い。
  • ご主人との縁。
  • 再び店を始められる環境。
  • 昔のお客様との再会。

その一つひとつを「運」と呼びます。けれど、その運を引き寄せたのは、誰よりも働き、人を思い、家族を支え続けた横田さん自身だったのではないでしょうか。

 

「人のために何かできること」が幸せ

 

最後に、「幸せとは何ですか」と尋ねました。横田さんは少し考え、こう答えてくださいました。

 

「店を辞めて2年半休んだの。」

 

「その時に分かったの。人と話せないことが一番つまらない。」

 

「人のために何かできること。」

 

「死ぬまで仕事ができること。」

 

それが今の幸せなのだと。取材を終えて感じたのは、「そば処甚五郎」が長年愛されてきた理由は、そばやうどんのおいしさだけではないということでした。

 

お客様のために、家族のために、地域のために、自分にできることを積み重ねてきた横田智江子さんの人生そのものが、この店の歴史になっています。38年間営業した店を一度閉じても、「また甚五郎をやってほしい」という地域の声に背中を押され、新たな甚五郎は再び暖簾を掲げました。

 

そして今も横田さんは、お客様との会話を楽しみながら店に立ち続けています。

 

「人と話せることが幸せ。」

 

そう語る笑顔からは、長い人生の苦労を乗り越えてきた人だからこその温かさが伝わってきました。もし甚五郎を訪れる機会があれば、ぜひそばやうどんだけでなく、その奥にある横田さんの人生にも思いを巡らせてみてください。一杯の料理が、きっと今までとは少し違って感じられるはずです。

そば処甚五郎

蕎麦(十割そば)

田舎風十割そばと手作り濃厚プリンの店

小平市鈴木町2-156-3

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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