東村山・小平・東大和の歴史と文化
(更新)
旧日立航空機株式会社変電所が伝えるもの
東大和市の都立東大和南公園に、一面に無数の傷を残した建物があります。
「旧日立航空機株式会社変電所」。
壁に残されているのは、太平洋戦争末期の空襲による弾痕です。現在では東大和市の文化財として保存されているこの建物は、なぜここに建てられ、どのような時代をくぐり抜け、そしてなぜ現在まで残されることになったのでしょうか。
今回は、東大和市立郷土博物館からご提供いただいた資料をもとに、旧日立航空機株式会社変電所の歴史をたどります。
キャンドルと旧日立航空機株式会社変電所
変電所の歴史は、昭和13(1938)年にさかのぼります。この地に航空機のエンジンを製造する軍需工場が建設されました。工場はその後も拡張を続け、昭和19(1944)年には従業員数約13,000人を数える規模となります。
変電所は、高圧線で送られてきた電気の電圧を下げ、それぞれの工場へ送るための重要な施設として建設されました。現在は静かな公園の中にひっそりと佇む建物ですが、かつてこの一帯には大規模な工場が広がっていたのです。
太平洋戦争末期、軍需工場が集まっていた多摩地域は、たびたび空襲を受けました。この工場も昭和20(1945)年、米軍による3回の空襲を受けます。東大和市立郷土博物館の資料によると、空襲によって従業員や動員された学生、周辺住民など、多くの尊い命が失われました。
工場の約8割が壊滅する大きな被害を受ける中、変電所と給水塔は多くの傷を残しながらも倒壊を免れました。現在も変電所には、おびただしい数の弾痕が残されています。弾痕は外壁だけでなく建物内部にまでもおよび、当時の空襲のすさまじさを現在まで伝えています。

夜の旧日立航空機株式会社変電所全景
この建物の歴史は、終戦とともに終わったわけではありません。戦後、工場は平和産業へと転換し、会社名を変えながら操業を続けました。空襲の傷痕を残した変電所も、そのまま現役の施設として使われ続けました。
変電所がその役割を終えたのは、平成5(1993)年12月です。戦争をくぐり抜けた建物は、戦後も長い年月にわたり変電所として使われ続けました。
工場移転後、この一帯が都立公園として整備されることになり、変電所も当初は取り壊される予定でした。
しかし、市民グループや元従業員の方々による保存運動が行われ、その結果、貴重な戦災建造物として保存されることになりました。
平成6(1994)年8月15日に市への所有権移転登記が行われ、翌平成7(1995)年10月1日には、東大和市文化財(史跡)に指定されました。空襲を生き延び、戦後も壊されることなく使われ続けた建物は、地域の人々による保存運動を経て、現在まで大切に残されています。
東大和市では、変電所を文化財として後世へ伝えるため、保存・改修を続けてきました。平成7(1995)年度に1回目の保存・改修工事を実施し、さらに令和2(2020)~3(2021)年には、老朽化などに対応するため、屋上防水改修、内外壁保護、耐震補強などを含む2回目の保存・改修工事が行われました。
この工事によって、空襲の痕跡が残る壁の剥落を防ぐとともに、2階にも立ち入ることができるようになりました。こうした保存・改修を重ねながら、空襲の痕跡が残る変電所は、戦争を伝える文化財として後世へ受け継がれています。
今回ご提供いただいた写真には、夜の変電所の前にたくさんの灯りが並ぶ様子が写っています。その柔らかな灯りの向こうに見えるのは、80年以上前の空襲の傷を残した建物です。
戦争を知らない世代が増えていく昨今、旧日立航空機株式会社変電所は、当時の雰囲気を肌で感じることができる建物として、東大和市立郷土博物館のパンフレットの中で「戦争を伝える文化財」として紹介されています。戦争の記憶は、資料や言葉だけでなく、私たちが暮らす東大和市の風景の中にも、今なお残されています。
変電所を訪れた際には、壁に刻まれた一つひとつの傷を目の前にし、その向こう側にあった時代について考えてみてください。この建物が今もここに残されていることが、過去から現在、そして次の世代へと歴史をつないでいます。
東京都東大和市桜が丘2-167-18
都立東大和南公園内
水曜日・日曜日(年末年始を除く)
午前10時30分~午後4時
無料
※公開日・公開時間等は変更となる場合があります。お出かけ前に最新情報をご確認ください。
資料提供・協力
東大和市/東大和市立郷土博物館
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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