東村山・小平・東大和の歴史と文化
(更新)
熊野宮に刻まれた300年の歴史
東京都小平市仲町。青梅街道沿いに鎮座する「熊野宮(くまのぐう)」。
現在は住宅や商店が立ち並ぶ市街地の中にありますが、この神社の歴史をたどると、小平市が誕生する以前、武蔵野の原野が広がっていた時代へとさかのぼります。
境内には、小平市指定天然記念物の「夫婦欅(めおとけやき)」や、市指定史跡「武蔵野乃一本榎跡」が残されており、この場所が小平の歴史を語る上で欠かせない存在であることを今に伝えています。今回は、熊野宮を訪れ、その歴史と文化をたどりました。

熊野宮の由緒によると、この一帯はかつて「逃水の里」と呼ばれていました。現在のような住宅地ではなく、水の便に乏しい武蔵野の原野が広がり、人家もほとんどない場所だったと伝えられています。
当時、この地域を東西に結ぶ街道筋には、旅人や物資を運ぶ人々が行き交っていました。今では住宅街が広がるこの場所も、約300年前にはまったく異なる風景が広がっていたのでしょう。
熊野宮の歴史を語るうえで欠かせない存在が、「武蔵野乃一本榎」です。
熊野宮の由緒によると、広い原野の中に一本だけ大きくそびえる榎があり、旅人や近隣の村人たちは、この木を目印に行き来していたと伝えられています。江戸時代後期に編さんされた『新編武蔵風土記稿』にも、小川新田の熊野社の後ろに榎の大木があり、草刈りに訪れる人々の目印となっていたことが記されています。
現在、境内にある榎は三代目とされ、「武蔵野乃一本榎跡」は1989年(平成元年)3月1日に小平市指定史跡となりました。一本の木が、人々の暮らしを支え、地域の記憶として受け継がれてきたことが分かります。

熊野宮の由緒によると、小川新田の開発に先立ち、開拓の守護神として現在の場所へ祀られたと伝えられています。御祭神は、日本神話に登場する夫婦神である、
の二柱です。
小川新田は、現在の仲町や学園東町、学園西町、喜平町などへ広がる新田開発によって形成された地域です。宝永元年(1704年)、小川新田の開発に先立ち、開拓の守護神として現在地へ遷座したと伝えられています。そのため、熊野宮は小川新田の開発と深く結び付いた神社として今日まで受け継がれています。

拝殿の前に立つ二本の大きな欅は「夫婦欅」と呼ばれています。寄り添うように育つ姿から、夫婦円満や良縁の象徴として親しまれています。
この夫婦欅は樹齢約300年とされ、2018年(平成30年)には小平市指定天然記念物に指定されました。熊野宮の歴史とともに成長し、地域の移り変わりを見守ってきた貴重な文化財です。

今回、実際に熊野宮を訪れて最も印象に残ったのは、住宅街の中にありながら、境内へ一歩入ると空気が変わることでした。青梅街道を行き交う車の音が聞こえる一方で、境内にはゆったりとした時間が流れています。
拝殿前の夫婦欅を見上げると、その大きさに思わず足を止めました。そして境内に残る一本榎の歴史を知ると、「この場所は、小平というまちが生まれる以前から、人々の暮らしを見守ってきた場所なのだ」と実感しました。
何気なく通り過ぎてしまいそうな神社ですが、その歴史を知ることで見える景色は大きく変わります。

熊野宮は、単なる歴史ある神社ではありません。小平がどのように開拓され、人々がどのように暮らしを築いてきたのかを伝える「地域の記憶」が今も残る場所です。
歴史は教科書の中だけではなく、私たちの身近な場所にも息づいています。小平の歴史を知る第一歩として、熊野宮を訪れてみてはいかがでしょうか。
所在地:東京都小平市仲町361番地
私たちが普段歩く小平のまちには、何百年も前から受け継がれてきた歴史や文化が息づいています。**「歴史と文化特集」**では、これからも地域に残る文化財や史跡、人々の営みを訪ね、その魅力をお伝えしていきます。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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