まちの記憶と未来
東村山の地名のルーツ第一回
普段何気なく使っていますが、「どういう意味?」と聞かれると、意外と答えられない方も多いのではないでしょうか。今回は、東村山の地名のルーツを少しだけ深掘りしてみました。
「宿(しゅく・じゅく)」とは、もともと街道沿いにできた集落や、旅人が立ち寄る拠点を指す言葉です。江戸時代には五街道などに多くの宿場町が整備されました。
西宿は大きな宿場町ではありませんが、かつての街道沿いに形成された集落のひとつと考えられています。
東村山市の名前は、かつての「村山郷(武蔵国多摩郡)」の東側に位置していたことに由来します。西宿は、その村山郷の中で西側にあたる集落だった可能性が高いとされています。
西宿といえば、地域に伝わる郷土芸能「西宿人形芝居」。街道文化と農村文化が交わる場所だからこそ、人形芝居のような芸能が育まれたとも考えられています。今も地域に受け継がれている文化は、地名の記憶と深く結びついているのかもしれません。
何気なく使っている地名にも、歴史があります。
西宿という名前には、この地域の“街道の記憶”が今も残っているのです。
・ 『新編武蔵風土記稿』原本(国立アーカイブ)
https://www.digital.archives.go.jp/file/1224755
・東村山市史 上巻(刊行・公式目録)
https://adeac.jp/kodaira-lib/texthtml/d100020/mp000010-100020/ht005620
・東村山市公式「市のあゆみ」歴史資料
https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/tanoshimi/rekishi/furusato/shishi.html
・東京都公文書館 検索ページ
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?BID=F1000000000000002820&ID=&LANG=default&TYPE=dljpeg
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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