台湾×東村山・小平・東大和|文化・食・歴史を巡る旅
(更新)
市場・医療・食文化に刻まれた、台湾南部の豊かな歴史を歩く
台湾南部に位置する嘉義(かぎ)。
日本では阿里山観光の玄関口として知られることの多い街ですが、実際に歩いてみると、その印象は大きく変わります。
市場、医療、商業、食文化、そして多民族文化が積み重なって形成された成熟した地方都市の姿でした。今回訪れたのは、嘉義市中心部にある東市場・西市場エリア。この一帯には、嘉義という街がどのように発展してきたのかを示す歴史が、今も色濃く残っています。
嘉義の東市場・西市場は、清代から続く商業拠点として、
が集まる、地域流通のハブとして発展してきました。東市場は現在も市民の台所として生鮮食品や日用品を扱い、
西市場は建築的景観と商業文化を色濃く残す市場として知られています。

東市場
市場周辺の展示で特に印象的だったのが、嘉義における近代医療の発展です。日本統治時代、嘉義には複数の眼科医院や西洋病院が開業し、公明路周辺には多くの病院・診療所が集積。
戦後にはこの一帯が「医師街(Doctors’ Street)」と呼ばれるほどになったとされています。地方都市でありながら医療機関が高度に集積した背景には、嘉義が周辺地域を支える広域拠点都市であったことがうかがえます。
嘉義名物として知られる料理の数々も、その背景を知ると、この街の歴史そのものが見えてきます。
嘉義を代表する名物・火雞肉飯。火雞とは七面鳥(ターキー)、実は台湾ではもともと七面鳥を食べる習慣はなく、戦後のアメリカ軍駐留(1950年から1979年)の影響で七面鳥飼育が広まったことが背景にあります。さらに、付け合わせの黄色いたくあんには、日本統治時代の食文化の影響が残るとされています。
一杯の丼の中に、台湾・日本・アメリカ、三つの文化が凝縮されています。

火雞肉飯
温暖な嘉義で四季を問わず食べられる冷やし麺。白い平打ち麺にごまだれ、そして嘉義独特の白酢(マヨネーズ系調味料)を加えるスタイルが特徴です。これは高温多湿な地域気候が育てた食文化とも言えます。
嘉義名物として有名な鍋料理。潮州・広東・台湾料理の要素が融合した料理で、多民族・多文化が交差した嘉義の歴史を象徴しています。
嘉義最古級の史跡として紅毛井(Holland Well)があります。この井戸は17世紀、オランダ統治時代に掘られたと伝わる古井戸で、嘉義の都市形成の原点の一つとされています。
嘉義は、
という幾重もの歴史を経て現在に至る街なのです。
ある言葉が印象的でした。
「桃城百味(Many Flavors of Taocheng)」
桃城とは、清代の嘉義城の形に由来するとされる嘉義の雅称(別称)。多様な文化と人々が行き交ってきたこの街の個性を象徴する言葉として、今も親しまれています。その意味は、「多様な人々と文化が行き交い、幾重もの歴史が折り重なって育った街」という嘉義そのものを表していました。
市場の食、医療、建築、商業、街並み
そのどれもが、単独ではなく歴史の積層として存在しています。
台湾に約10年間在住し、現地で生活・仕事を経験。
現在はまいぷれ東村山・小平・東大和 編集部として、北多摩と台湾をつなぐ視点から、歴史・文化・地域の魅力を取材・発信している。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。
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