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サティ《Je te veux》―「あなたが欲しい」は、どんな歌?

こいねこ

夜の街を歩く人々。《Je te veux》の世界をイメージして。(2001年こいねこTOSHI撮影)「サティ《Je te veux》―「あなたが欲しい」は、どんな歌?」

夜の街を歩く人々。《Je te veux》の世界をイメージして。(2001年こいねこTOSHI撮影)

優雅なワルツに乗せて歌われる、意外に情熱的な言葉


《Je te veux(ジュ・トゥ・ヴ)》。

エリック・サティの作品の中でも、親しみやすい旋律を持つ一曲です。

ピアノで演奏される機会も多いため、「サティのピアノ曲」として知っている方もいるかもしれません。


ところが、20世紀初頭の楽譜を調べてみると、そこには、

“valse chantée”

「歌われるワルツ」

とああります。


歌詞には私たちが耳にする優雅な旋律から想像する以上に、かなり率直な愛の言葉が並んでいます。


そもそも《Je te veux》とは、何を「欲しい」と歌っているのでしょうか。

今回は、フランス語の原詞からこの曲をたどってみます。



《Je te veux》は、もともとピアノ曲?声楽曲?


フランス国立図書館(BnF)に残る1902年の資料では、この作品は、

Je te veux : valse chantée

と記録されています。


作詞は、

Henry Pacory(アンリ・パコリ)

作曲は、

Erik Satie(エリック・サティ)。

編成は声とピアノです。


現在はピアノ独奏でも広く知られていますが、少なくとも初期資料から確認できる《Je te veux》は、言葉を伴って歌われる作品だったことが分かります。


なお、作曲時期については1897年頃とする資料もありますが、確定的ではありません。IMSLPも「1897年(possibly)」とし、初版とSACEMへの登録を1902年としています。

そのため、ここでは成立年を1897年と断定せず、1902年には出版・登録されていた作品として扱います。



タイトルからして、かなり直接的


タイトルは、Je te veuxです。

Je=私は
te=あなたを
veux=欲する、望む

「あなたが欲しい」
「あなたを求めている」

という意味になります。かなり直接的です。


では、誰かに片思いして、「あなたが欲しい」と遠くから願っている歌なのでしょうか。



「あなたの苦しみは分かっている」


冒頭は、

“J'ai compris ta détresse,Cher amoureux”

「あなたの苦しみは分かっている、愛しい恋人よ」

です。


つまり相手の気持ちは、すでにこちらへ向いています。

続いて、

“Et je cède à tes vœux”

「私はあなたの願いに応えましょう」

続けてさらに踏み込みます。

“Fais de moi ta maîtresse.”

(ここで使われる maîtresse は、文脈によって「恋人」「愛人」といった意味を持つ言葉です。)

「私をあなたの恋人にして」

となります。


タイトルだけを見ると一方的な「あなたが欲しい」に思えますが、実際には、

相手の愛を理解したうえで、自分もその愛を受け入れる

ところから始まる歌なのです。


「分別なんて、私たちから遠ざけて」


更には“Loin de nous la sagesse”と続きます。

(sagesse は「賢明さ」「分別」などを意味します。)

「分別なんて、私たちから遠ざけてしまいましょう」

です。


そして、

“Plus de tristesse”

「もう悲しみはいらない」。

“Je te veux.”

「あなたが欲しい」

と言葉が現れます。

  • 理性よりも愛を選びたい
  • 悲しみを捨てたい
  • そして、あなたと一緒にいたい

思っている以上に情熱的な歌です。



「あなたのそばで、一生を生きたい」


次の部分では、さらに二人の距離が近づきます。

“Près de toi, là, tout près,Vivre toute ma vie.”

「あなたのそばで、すぐそばで、一生を生きたい」


ここまでは、比較的ロマンチックな愛の歌です。

ところが、その先はもっと直接的です。



心、唇、そして身体まで


“Que mon cœur soit le tien Et ta lèvre la mienne”

「私の心はあなたのものに。あなたの唇は私のものに」


そして続く言葉では、互いの身体そのものを相手のものにしたいとまで歌います。

ここまで読むと、《Je te veux》のタイトルが単なる可愛らしい恋心を表しているわけではないことが分かります。


精神的な愛だけではなく、身体的な親密さまで含めて、

「あなたと一つになりたい」

という方向へ進んでいく歌です。



優雅なワルツなのに、言葉はかなり大胆


ここが《Je te veux》の面白いところです。

音楽だけを聴くと、優雅で親しみやすいワルツです。

軽やかで、甘く、どこか懐かしい。


ところが言葉を読むと、

  • 「あなたの願いに応える」
  • 「私をあなたの恋人にして」
  • 「分別なんていらない」
  • 「あなたのそばで一生を生きたい」

そして、心や唇、身体まで互いのものにしたいと歌う。

音楽の優雅さと、言葉の直接性。

その組み合わせが、この曲の大きな魅力の一つです。



なぜ「ワルツ」なのか


初期楽譜に記されたジャンルは、

valse chantée

「歌われるワルツ」


ワルツであることは、後世の編曲によって加わった特徴ではなく、作品そのものに最初から示されています。

3拍子の流れに乗って、二人の距離が近づいていく。

歌詞だけを文字で読むと大胆に感じる言葉も、ワルツに乗せることで柔らかく、優雅に聞こえます。

ここは、サティの音楽とパコリの言葉を一緒に味わいたいところです。



ポーレット・ダルティとの関係


《Je te veux》を調べると、Paulette Darty(ポーレット・ダルティ)という歌手の名前が出てきます。

この作品はダルティと深く結びついて演奏されてきました。

また、サティ自身によるピアノ独奏版には、

“à Madame Paulette Darty”

という献辞が確認できます。


ただし、現在確認できる資料だけから、

「最初からダルティのためだけに作曲された」

と単純に断定するのは避けた方がよさそうです。


さらに興味深いことに、BnFには後年の楽譜として、

“Version originale pour homme”
「男性のための原版」

と記された資料も残っています。


現在の演奏イメージだけで成立事情を決めつけない方がよい作品でもあります。



《ジムノペディ》だけではないサティ


サティと聞くと、

《Gymnopédieジムノペディ》や《Gnossiennesグノシエンヌ》

を思い浮かべる方も多いでしょう。


静かで、不思議で、少し距離を置いたような音楽。

そんなサティ像から《Je te veux》を聴くと、少し意外かもしれません。


《Je te veux》は、

  • 甘い
  • 親しみやすい
  • ワルツ
  • 情熱的。

サティには、こうした「歌われるワルツ」の世界もありました。



ピアノで聴くと、何が変わる?


現在、《Je te veux》はピアノ独奏でもよく演奏されます。

歌詞がなくなると、私たちの耳に残るのは優雅なワルツです。

でも原詞を知ってからピアノ版を聴くと、その旋律の下に、


「あなたが欲しい」


という言葉が隠れていることになります。


《歌の翼に》をチェロで聴いたときと同じように、言葉のない演奏でも、原詞を知ることで聞こえ方が変わるかもしれません。



次に《Je te veux》を聴くときには


《Je te veux》。

タイトルの意味は、

「あなたが欲しい」

です。


でも原詞を読んでみると、単なる片思いの歌ではありません。

  • 相手からの愛を知り
  • その願いを受け入れ
  • 分別を手放し
  • そばで一生を過ごしたいと願い
  • 心も身体も相手に委ねる。

かなり情熱的な愛の歌です。


それをサティは、激しい音楽ではなく、優雅なワルツに乗せました。

次にこの旋律を耳にするときには、その軽やかな3拍子の向こう側にあるフランス語の言葉にも、少し耳を傾けてみてください。



主な参考資料・確認資料


Bibliothèque nationale de France(フランス国立図書館)
《Je te veux : valse chantée》

1902年の出版資料、声とピアノの作品であること、作詞Henry Pacory、作曲Erik Satie、「valse chantée」の表記を確認。

BnF《Je te veux : valse chantée》

BnF《Je te veux》関連所蔵資料

1902年版、1903年版、後年の「Version originale pour homme」など、複数の出版資料を確認。

BnF《Je te veux》関連資料一覧

IMSLP《Je te veux》

作曲年を「1897 (possibly)」とする情報、1902年初版、SACEMへの1902年登録、ピアノ独奏版のPaulette Dartyへの献辞を確認。

IMSLP《Je te veux》

LiederNet「Je te veux」

Henry Pacoryによるフランス語原詞の確認に使用。

LiederNet「Je te veux」


※フランス語原詞の日本語表現は、内容を分かりやすく紹介するためのものです。

※著作権上の扱いにも配慮し、本記事では歌詞全文ではなく、解説に必要な短い箇所のみを引用しています。

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