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《帰れソレントへ》は、誰に「帰ってきて」と歌っている?

こいねこ

2001年2月ソレント(こいねこToshi撮影)「《帰れソレントへ》は、誰に「帰ってきて」と歌っている?」

2001年2月ソレント(こいねこToshi撮影)

首相のための歌? ナポリ語原詞からたどる《Torna a Surriento》


《帰れソレントへ》

イタリア歌曲、ナポリ歌曲を代表する作品として、世界中で歌われてきた名曲です。


美しいソレントの海を背景に、

「帰ってきて」

と呼びかける。


恋人との別れを歌った曲として聴いている方も多いかもしれません。

ところが、この曲の成立を調べると、少し意外な話が出てきます。

「イタリアの首相をソレントへ呼び戻すために作られた歌だった」

という有名な逸話です。


本当にそうなのでしょうか。


ソレント市に残る資料とナポリ語の原詞をたどってみると、もう少し複雑な歴史が見えてきます。



作ったのは、デ・クルティス兄弟


《Torna a Surriento》の歌詞を書いたのは、

Giambattista De Curtis
(ジャンバッティスタ・デ・クルティス)

音楽を書いたのは、その弟、

Ernesto De Curtis
(エルネスト・デ・クルティス)

です。


ジャンバッティスタは詩人で画家でもあり、ソレントのホテル・トラモンターノとも深いつながりがありました。

そして、このホテルが《帰れソレントへ》の有名な逸話の舞台になります。



1902年、イタリア首相がソレントへやって来た


1902年9月、当時のイタリア首相ジュゼッペ・ザナルデッリ(Giuseppe Zanardelli)がソレントを訪れました。

彼が滞在したのがホテル・トラモンターノ。

ホテルの所有者グリエルモ・トラモンターノ(Guglielmo Tramontano)は、当時ソレント市長でもありました。


ここから、有名な物語が始まります。


首相にソレントのための公共事業を働きかけたい。

そこで市長がデ・クルティス兄弟に頼み、首相にソレントへ戻ってきてもらうために、

《Torna a Surriento》を急いで作らせた。

長く語られてきた逸話です。


ここで作曲された年から事実を確認してみましょう。



8年前に曲はすでに存在していた


ソレント市公式アーカイブに掲載されている資料によると、現在につながる《Torna a Surriento》は、1894年のBideriの資料にすでに存在していたとされています。

ザナルデッリがソレントを訪れたのは1902年。

その8年前です。


つまり、

「1902年、首相が来たので《帰れソレントへ》を一から作った」

というではなかったことになります。



では、1902年には何を歌った?


ここが面白いところです。

ソレント市掲載資料によると、ザナルデッリの訪問時には、すでに存在していた作品をもとに、首相訪問に合わせた歌詞を加えた版が用いられました。


1902年の演奏版は全10節。

一方、現在知られている版は6節です。

成立の流れを整理すると、

1894年 《Torna a Surriento》がすでに存在
↓
1902年 ザナルデッリ首相の訪問に合わせて歌詞を改作
↓
1904年 現在知られる歌詞と同じ形で出版・紹介される


という経緯になります。

つまり、「首相のために生まれた歌」というより、

すでにあった歌が、首相の訪問に合わせて作り替えられた

と考える方が、確認できる資料に合っています。



では、もともとは誰に歌っている?


ここからナポリ語の原詞を見てみましょう。

冒頭は、

“Vide 'o mare quant'è bello”

「見てごらん、海がどれほど美しいか」


いきなり「帰ってきて」とは言いません。

まず相手に、ソレントの景色を見せます。



海を見て、庭を見て、香りを感じて


続いて登場するのが庭です。

そこには、

“sti sciure 'arancio”

オレンジの花があります。


その香りが心の中へ入ってくる、と言います。

  • 海を見て
  • 庭を見て
  • オレンジの花の香りを感じて

こんなに美しい場所なのに、本当に行ってしまうの?

と、相手を引き止めているのです。



それでも、あなたは「さようなら」と言う


美しいソレントを描いたあと、突然「別れ」が現れます。

“E tu dice: ‘Io parto, addio!’”

「それなのに、あなたは『私は行く、さようなら』と言う」


さらに相手が自分の心から遠ざかっていくことを嘆きます。

ここで、ソレントの美しい風景を描いていた歌が、個人的な別れの歌へと変わっていきます。



「帰れソレントへ、私を生かして」


そして有名な言葉へ。

“Torna a Surriento,
famme campà.”

「ソレントへ帰ってきて、私を生かして」


ここで、少し面白いなと感じる箇所があります。

「私のところへ帰ってきて」

ではなく、

「ソレントへ帰ってきて」

と言っていることです。


ここでは、歌い手自身の「帰ってきて」という願いと、ソレントという土地が重なっていきます。


「私」も「ソレント」もあなたを引き止めている?


「私はあなたを愛しているから行かないで」

とだけではありません。

  • 海
  • 庭
  • オレンジの花
  • 香り

ソレントにあるものを次々と相手に見せていきます。

まるで、

「私だけではなく、この土地もあなたを引き止めている」

と言っているようにも聞こえます。


だからこそ《Torna a Surriento》は、

恋人への歌

としても、

ソレントという土地への歌

としても聴くことができます。


セイレーンが現れる


さらにお話の中にしか出てこない存在が登場します。

Sirene(セイレーン)です。

歌詞では、周囲のセイレーンたちが相手を見つめ、愛し、口づけしたがっているという内容が歌われます。


なぜ突然、ギリシャ神話のセイレーンが登場するのでしょうか。

実は、これはソレントと無関係ではありません。


ソレントは「セイレーンの土地」

セイレーンといえば、ホメロスの『オデュッセイア』

美しい歌声で船乗りを誘惑する存在として知られています。


オデュッセウスはその歌を聞くため、自分を船の帆柱に縛らせ、仲間たちには耳を塞がせました。

古代以降、セイレーンの伝説は南イタリアの沿岸部と結び付けられてきました。

Treccaniでは、古代にソレント南西部にセイレーンの祭祀が存在したことが紹介されています。


また、ソレント半島先端のプンタ・カンパネッラも、オデュッセウスとセイレーンの伝説に結び付けられてきた場所です。

《Torna a Surriento》は、ソレントという土地の持つ伝承につながっています。



セイレーンまで「行かないで」と言っている?


ここで原詩に戻ってみます。

歌い手だけではありません。

  • 海がある
  • 庭がある
  • オレンジの花が香る

そして、ソレントの伝説に生きるセイレーンまで相手を見つめている。

「こんな場所を、本当に離れるの?」

と、ソレント全体で相手を引き止めています。


実はセイレーンは「歌」で旅人を引き止める存在です。

そして《Torna a Surriento》もまた、歌によって旅立つ人を引き止めようとする作品です。

この二つは重ねて考えていく必要があるかもしれません。


ただし、デ・クルティス兄弟が意図的にこの二重構造を狙ったとした資料はありません。

ここは史実ではなく、歌詞とソレントの伝承を重ねた一つの読み方です。



結局、誰に「帰ってきて」と歌っている?


ここまで調べても、

この歌の相手を確認する言葉も資料も見つかりませんでした。

わかる事は歌詞からは、去ろうとする愛する人への別れの歌として読むことができます。


一方、1902年には首相訪問に合わせて歌詞が改作され、首相の前で披露されました。

そこから、「首相に帰ってきてもらうための歌」という有名な物語は広まりました。

ただし、現在私たちが歌っている歌詞は、1902年の首相訪問用のテキストそのものではありません。

ここは分けて考えていこうと思います。



《帰れソレントへ》


《Torna a Surriento》の原詞をたどると、

海を見て。

庭を見て。

オレンジの花の香りを感じて。

セイレーンたちもあなたを見ている。

(それでも)

あなたは「さようなら」と言うの?

最後には、

「ソレントへ帰ってきて。私を生かして」

と歌います。


観光地の美しさを歌った曲でもなく、失恋歌とも言い切れない。

愛する人への思いと、ソレントという土地への愛情が重なって聞こえる歌。

そんなふうに聴くと、《帰れソレントへ》の旋律も少し違って聞こえてくるかもしれません。



主な参考資料・確認資料


Città di Sorrento「La vera storia di “Torna a Surriento”」
ソレント市公式アーカイブ掲載資料。1894年の資料、1902年ザナルデッリ首相訪問時の改作、1904年版との関係を確認。

ソレント市公式アーカイブ「Torna a Surriento」

Radio Napoli「Torna a Surriento」
ナポリ語原詞、デ・クルティス兄弟のクレジット、海、オレンジの花、セイレーンなど歌詞

Radio Napoli「Torna a Surriento」

Treccani「Sirene」
古代のセイレーン伝承と、ソレント周辺におけるセイレーン祭祀との関係を確認。

Treccani「Sirene」

Italia.it「Penisola Sorrentina」
ソレント半島、プンタ・カンパネッラとオデュッセウス/セイレーン伝説との関係。

イタリア政府観光局「Penisola Sorrentina」


※ナポリ語原詞の日本語表現は、内容を分かりやすく紹介するための大意です。

※セイレーンと《Torna a Surriento》の「歌で旅人を引き止める」という共通点については、作詞・作曲者自身が意図を説明したものではなく、本記事における歌詞と伝承を踏まえた私たちの読み方です。

  • 営業時間不定
070-8397-4063

基本情報

名称こいねこ
フリガナコイネコ
住所187-0023 小平市上水新町1丁目17-18
電話番号070-8397-4063
メールアドレスkoinekomusic@gmail.com
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Instagramアカウントhttps://www.instagram.com/koinekomusic/
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