こいねこ
「ミャー」しか歌わない名曲の正体を調べてみた
クラシック音楽には、タイトルを聞いただけではどんな曲なのか想像しにくい作品もたくさんあります。
でも、この曲はとても分かりやすい。
《Duetto buffo di due gatti》
日本では一般に、《猫の二重唱》と呼ばれています。
2人の歌手がピアノに合わせて、
「Miau(ミャー)」と歌う。
そして楽譜に作曲者として書かれていることが多いのが、なんと!
Gioachino Rossini
ジョアキーノ・ロッシーニ
です。
そうです。
《セビリアの理髪師》《ウィリアム・テル》などを書いた、あのロッシーニです。
ところが、よくよく調べてみると
どうやら「ロッシーニが猫のために書いた二重唱」というわけではないようです。
実はこの曲、いくつもの音楽が混ざり合って生まれた、不思議な作品でした。
ロッシーニの作品ではない?
国際楽譜ライブラリープロジェクト(IMSLP)は、《猫の二重唱》をロッシーニのページに収録しながら、作品そのものについては spurious、つまりロッシーニの真正な作品ではないものとして扱っています。
では、誰が作ったのでしょう。
1825年の初版をもとに校訂されたSchott Music版では、この曲をまとめた人物をイギリスの音楽家、
Robert Lucas Pearsall
ロバート・ルーカス・ピアソール(1795–1856)
としています。
しかも、彼が使った名前は本名ではなく、
「G. Berthold」
でした。
ただし、ここは少し注意が必要です。
《猫の二重唱》の成立については1975年にEdward J. CraftsがA Tale of Two Catsという論文で詳しく検討しており、その論文がロッシーニ研究誌『Bollettino del Centro Rossiniano di Studi』第3号に掲載されたことも確認できます。
現在のSchott版はピアソールによるものとして説明していますが、資料によっては帰属に留保をつけるものもあります。Lyric Opera of Chicagoも、ピアソール説を紹介しながら断定は避けています。
長くなりましたが、つまり
「ロッシーニ作曲ではなく、ピアソールが編んだ作品と考えられている」
くらいにするのがよさそうです。
ロッシーニはまったく関係ない?
答えは
いいえ。
ここからが面白いところです。
《猫の二重唱》は、まったく新しい旋律を一から作った作品というより、すでに存在していた音楽を組み合わせたポプリ(Potpourri)です。
Schottの校訂版が挙げている材料の一つが、デンマークの作曲家、
Christoph Ernst Friedrich Weyse
クリストフ・エルンスト・フリードリヒ・ヴァイセ(1774–1842)の、
《Katte-Cavatine》
「猫のカヴァティーナ」です。
そして、この曲がまた面白い。
IMSLPで確認すると、歌詞の冒頭は、
「Miau」言語の欄には、
“onomatopoeic”=擬声語
と記されています。
つまり、現在有名な《猫の二重唱》になる前から、
すでに「ミャー」という歌詞の歌曲が存在していたのです。
《猫の二重唱》より前にも「猫の歌」があった
Schott版の序文によれば、《Katte-Cavatine》は1822年、ハンブルクのCranzから出版されました。
さらに興味深いことに、ヴァイセの伝記作者Andreas Peter Berggreenの記述をもとに、Schott版はこの1822年版の時点ですでにピアソール(G. Berthold)が編曲に関わっていたと説明しています。
そして、その3年後。
1825年、ロンドンで《Duet for Two Cats》が出版されます。
これが、現在《猫の二重唱》として知られている作品へとつながっていきます。
1822年 《Katte-Cavatine》
↓
1825年 《Duet for Two Cats》
という流れが見えてきます。
なんとあのロッシーニの《オテッロ》が入ってくる
そしてSchottの校訂版が《猫の二重唱》の材料として具体的に挙げているのが、第2幕でロドリーゴが歌う、
《Ah, come mai non senti》
のカバレッタです。
では、その旋律ではもともと何を歌っていたのでしょう。
「ニャー」の旋律では、本当は何を歌っていた?
《オテッロ》第2幕。
デズデーモナを愛するロドリーゴは、彼女から自分がオテッロの妻であることを告げられます。
その後に歌われる《Ah, come mai non senti》には、こんな言葉があります。
Ah! come mai non senti
pietà de' miei tormenti,
del mio tradito amor?
「ああ、どうして君は、
私の苦しみを憐れんでくれないのか。
裏切られた私の愛を。」
さらに、
Ma se costante sei
nel tuo rigor crudele,
se sprezzi i preghi miei...
「だが、もし君がその残酷な態度を変えず、
私の願いを退けるというのなら……」
そして最後には、
punire il traditor.
「裏切り者を罰してやる」
とまで歌います。
愛する女性をめぐる苦しみ、嫉妬、そして怒り。
このアリアの音楽の一部が《猫の二重唱》に使われています。
Miau.ミャー
Miau.ミャー
Miau……。ミャー…
猫になります。
「裏切り者を罰してやる」と歌われていたオペラの音楽が、約200年後には二匹の猫の「ニャー」として親しまれている。
面白いと思いませんか?
「全部ロッシーニ」という説明にも注意
ここは調べていて少し厄介なところでした。
《猫の二重唱》の構成については、資料によって説明に違いがあります。
Lyric Opera of Chicagoなどは、ヴァイセの《Katte-Cavatine》に加えて、ロッシーニ《オテッロ》からロドリーゴのアリアと二重唱を用いたと説明しています。
一方、1825年の初版をもとにしたSchottの現代校訂版でWolfgang Birtelは、
ヴァイセ《Katte-Cavatine》
+《オテッロ》のロドリーゴのカバレッタ
+ピアソール自身が書いた部分
と説明しています。
そのため、この記事では後者を軸にしました。
少なくとも確実に言えるのは、
《猫の二重唱》=ロッシーニが一から作曲した一つの作品
ではない、ということです。
ヴァイセの猫の音楽、ロッシーニのオペラ、そして編曲者自身の音楽。
それらを組み合わせて現在の形になったと考えられています。
歌詞は本当に「ミャー」だけ?
現在の楽譜を見ると、
Miau
miau
miau……
でも、さらに調べると細かい発見がありました。
Schott版は1825年の初版をもとにしていますが、校訂者によれば、英語圏で出版された初版では「miau」ではなく「meau」と綴られていました。
現代版では、それを「miau」に変更しています。
猫の鳴き声なので、もちろん普通の言語の単語ではありません。
現在のSchott版でも、音の長さに合わせて、
mi-au
と分けたり、長く伸ばしたり、短く鳴いたり。
二匹の猫が交互に鳴き始め、やがて声が重なっていきます。
元々は鳴き方にも指示があったのかもしれません。
猫は何を話しているの?
ここからは、史料上の事実ではなく、演奏する側としての読み方です。
この作品には、
「二匹の猫が恋をしている」
「喧嘩している」
といった具体的な物語は書かれていません。
だからこそ、演奏者によって表情が変わります。
一匹が鳴く。
もう一匹が返す。
相手の声を聞いて、また鳴く。
少し機嫌が悪そうにもできるし、甘えているようにもできる。
張り合っているようにも、仲良くなっていくようにも見せられます。
Schott版の序文も、音節の配分は柔軟に扱うことができ、演奏者が猫の様子を身振りでも表現できるとしています。
言葉が「ミャー」しかないから、演奏者が物語をつくれる。
《猫の二重唱》のおもしろさは、そこにもあるのかもしれません。
なぜ「ロッシーニの猫の二重唱」として残ったのか
ここについては、確かな史料なしに理由を一つに決めることはできません。
ただ、現在までロッシーニの名と強く結びついてきた背景には、実際に《オテッロ》の音楽が材料として含まれていることがあります。
繰り返しになりますがIMSLPでも現在、作品ページ自体はロッシーニの名前のもとに置かれながら、同時に「spurious」(真作ではない)と注記されています。
約200年前の「ミャー」が今も歌われている
1816年のロッシーニ《オテッロ》
1822年のヴァイセ《Katte-Cavatine》
1825年にロンドンで出版された《Duet for Two Cats》
という流れが見えてきました。
シリアスなオペラの旋律も、別の作曲家が書いた猫の歌も、一つの作品の中に入ってしまう。
そして最後に残った言葉は、
「ミャー」
なぜミャーなのか。
なぜミャーだけになってしまったのか。
こいねこでも、この《猫の二重唱》を演奏します。
二匹の猫が何を話しているように聞こえるのか。
ぜひ、音楽と一緒に想像してみてください。
主な参考資料・確認資料
Schott Music《Duetto buffo di due gatti》1825年初版に基づく校訂版・解説
編曲者、使用された素材、1825年版について確認。
IMSLP《Duetto buffo di due gatti》
ロッシーニの真作ではないこと、ヴァイセと《オテッロ》との関係を確認。
IMSLP Weyse《Katte-Cavatine》
原曲の編成、「Miau」、擬声語による歌詞であることを確認。
Rossini Opera Festival《Otello, ossia Il Moro di Venezia》
《オテッロ》の初演、台本、自筆譜などの基本情報を確認。
LeviData:Edward J. Crafts “A Tale of Two Cats”
1975年のロッシーニ研究誌に掲載された成立史研究の書誌情報を確認。
| 名称 | こいねこ |
|---|---|
| フリガナ | コイネコ |
| 住所 | 187-0023 小平市上水新町1丁目17-18 |
| 電話番号 | 070-8397-4063 |
| メールアドレス | koinekomusic@gmail.com |
| 営業時間 | 詳しくはお問い合わせください |
| Instagramアカウント | https://www.instagram.com/koinekomusic/ |
| 関連ページ | サンプル(YouTube) |
| こだわり |
まいぷれ[東村山市・小平市・東大和市] 公式SNSアカウント