こいねこ
ミラノ大聖堂(ドゥオーモ) ※《Exsultate, jubilate》の初演会場ではありません。
「アレルヤ、アレルヤ……」
軽やかな高音と細かな音符が次々と駆け上がっていく、モーツァルトの《アレルヤ》。
ソプラノの華やかなレパートリーとして、コンサートでもよく耳にする作品です。
この曲について、
「モーツァルトが17歳のときに作曲した」
と紹介されることがあります。
ところが日付を確認すると、少し意外な事実が見えてきます。
この《アレルヤ》が初演されたのは1773年1月17日。
モーツァルトが17歳になる誕生日は、その10日後の1月27日です。
つまり、この作品を書いたときのモーツァルトは、厳密にはまだ16歳でした。
今回は《アレルヤ》だけでなく、この曲が生まれた背景までたどってみます。
《アレルヤ》は、もともと一つの独立した曲ではない
私たちが「モーツァルトの《アレルヤ》」と呼んでいる曲は、
《Exsultate, jubilate(エクスルターテ・ユビラーテ)》K.165(158a)
というモテットの最後の曲です。
ザルツブルク・モーツァルテウム財団のケッヘル目録では、この作品は次の4つの部分から構成されています。
Exsultate, jubilate
レチタティーヴォ Fulget amica dies
Tu virginum corona
Alleluja
つまり、有名な《アレルヤ》は作品全体のクライマックス。
冒頭から続いてきた喜びが、最後に「Alleluja」という言葉へ集まっていきます。
「Exsultate, jubilate」とは何を意味する?
冒頭では、
“Exsultate, jubilate”
と歌われます。
大意は、
「喜びなさい、歓喜しなさい」
というもの。
さらに、
“o vos animae beatae”
と続きます。
「幸いなる魂たちよ」と呼びかけ、喜びの歌を響かせようとする内容です。
その後のレチタティーヴォでは、雲や嵐が去り、明るい日が輝き始めたことが歌われます。
そして《Tu virginum corona》では、聖母マリアに平安と慰めを願います。
最後に残る言葉が、
Alleluja
です。
「アレルヤ」だけで、なぜこんなに長く歌えるのか
終曲の歌詞は、ほぼ
“Alleluja”
という一語です。
「Alleluja(ハレルヤ)」は、神を讃える言葉。
しかしモーツァルトは、この一語を何度も繰り返しながら、音を細かく動かし、高い音域まで駆け上がる華やかな音楽を書きました。
言葉がたくさんあるわけではありません。
だからこそ、意味を文章で説明するというより、
「喜び」そのものを声で表している
ようにも聞こえます。
ここは、歌詞から確定できる事実というより、音楽を聴いたうえでの一つの捉え方です。
実は、最初に歌ったのは女性ソプラノではない
現在、《Exsultate, jubilate》はソプラノの代表的な作品として知られています。
ところが1773年の初演で歌ったのは、女性ではありません。
ヴェナンツィオ・ラウッツィーニ(Venanzio Rauzzini)
というイタリア人歌手でした。
ラウッツィーニはカストラート。
カストラートとは、少年期の高い声域を成人後も保つため、当時のヨーロッパで特殊な方法によって育成された男性歌手です。
18世紀のオペラでは、カストラートが主役級の役を務めることも珍しくありませんでした。
Treccaniには、モーツァルトがラウッツィーニのために《Exsultate, jubilate》K.165を作曲し、ラウッツィーニ自身が1773年1月17日、ミラノのサンタントニオ・アバーテ教会で演奏したことが記録されています。
なぜモーツァルトはラウッツィーニを知っていた?
ここで、宗教曲とは別の作品がつながってきます。
モーツァルトは当時、ミラノでオペラ
《Lucio Silla(ルーチョ・シッラ)》K.135
を上演していました。
その中でラウッツィーニが歌っていたのが、
Cecilio(チェチーリオ)役
です。
モーツァルテウムに残る当時のリブレットにも、
Cecilio — Il signor Venanzio Rauzzini
と名前が記録されています。
つまり、
モーツァルトがミラノへ行く
↓
《ルーチョ・シッラ》を上演する
↓
ラウッツィーニが主役級のチェチーリオを歌う
↓
そのラウッツィーニのために《Exsultate, jubilate》を書く
というつながりがあります。
昼は教会、夜はオペラ
《Exsultate, jubilate》が初演された1773年1月17日。
この時期、《ルーチョ・シッラ》もミラノで上演されていました。
ラウッツィーニはオペラ歌手として舞台に立ちながら、教会ではモーツァルトの新しいモテットを歌ったことになります。
ここを知ってから《アレルヤ》を聴くと、宗教曲なのに、どこかオペラのアリアを思わせるほど華やかな声の動きが書かれていることにも納得しやすくなります。
ただし、
「オペラ歌手のためだから意図的にオペラ風にした」
とモーツァルト自身が明言した資料があるわけではありません。
ラウッツィーニという高い歌唱技術を持つ歌手のために書かれたという事実と、実際の音楽の華やかさを合わせて聴くと、そう感じられるということです。
16歳のモーツァルトが、名歌手のために書いた曲
改めて考えると驚きます。
1773年1月。
モーツァルトはまだ16歳。
その少年が、当時活躍していたプロのカストラート歌手のために、
更には声の魅力を存分に聞かせる音楽を書いています。
現在では主に女性ソプラノによって歌われていますが、最初にこの旋律を歌ったのはラウッツィーニという男性歌手でした。
約250年前にこの曲を初めて聴いた人々が耳にした「声」は、私たちが現在思い浮かべる《アレルヤ》とはかなり違っていたはずです。
「初夏の空」ではなく、ミラノの1月に生まれた音楽
この曲の軽やかさを、
「初夏の空へ舞い上がるような音楽」
と表現したくなるほど、明るく爽やかな響きを持っています。
ただ、実際にこの作品が生まれたのは1773年1月のミラノです。
季節としての「初夏」を描いた作品ではありません。
むしろ歌詞には、
雲や嵐が去り、
暗い夜が終わり、
明るい日が訪れる、
という光の変化が描かれています。
その背景を知ると、《アレルヤ》の明るさも「季節の爽やかさ」ではなく、
暗さが去ったあとの喜び
として聴くことができます。
《アレルヤ》を聴くときに思い出してほしいこと
私たちがよく知る、モーツァルトの《アレルヤ》。
その背景をたどると、
まだ16歳だったモーツァルト。
オペラ《ルーチョ・シッラ》。
名カストラート、ラウッツィーニ。
1773年1月のミラノ。
そして、
「Alleluja」という一つの言葉。
がつながってきます。
現在ではソプラノの華やかなレパートリーとして親しまれていますが、最初にこの曲を歌ったのは、当時のオペラ界で活躍していたカストラートでした。
次にあの軽やかな高音を耳にするときには、約250年前のミラノで、16歳のモーツァルトとラウッツィーニが出会ったところから生まれた音楽であることも、少し思い出してみてください。
主な参考資料・確認資料
Stiftung Mozarteum Salzburg / Köchel-Verzeichnis
KV 165 (1) “Exsultate, jubilate”
作品の成立地・成立時期、1773年1月17日のミラノでの初演、編成、作品全体の構成、自筆譜などを確認。
Treccani / Dizionario Biografico degli Italiani
「RAUZZINI, Venanzio」
モーツァルトがラウッツィーニのために《Exsultate, jubilate》を作曲したこと、1773年1月17日にラウッツィーニがサンタントニオ・アバーテ教会で演奏したことを確認。
Stiftung Mozarteum Salzburg / Digitale Mozart-Edition
《Lucio Silla》KV 135 リブレット
ヴェナンツィオ・ラウッツィーニがチェチーリオ役を務めたことを確認。
Neue Mozart-Ausgabe / Digital Mozart Edition
《Lucio Silla》関連資料
1772/73年のミラノ公演でラウッツィーニがPrimo uomoとして契約され、チェチーリオを歌ったことなどを確認。
LiederNet Archive
《Exsultate, jubilate》Latin Text
《Exsultate, jubilate》から《Alleluja》までのラテン語歌詞を確認。
※ラテン語の日本語表現は、内容を分かりやすく紹介するための大意です。
| 名称 | こいねこ |
|---|---|
| フリガナ | コイネコ |
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