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『オー・ソレ・ミオ(O sole mio)』は何を歌っている? 原詞からたどる「もう一つの太陽」

こいねこ

2000.12.31 Bologna「『オー・ソレ・ミオ(O sole mio)』は何を歌っている? 原詞からたどる「もう一つの太陽」」

2000.12.31 Bologna

「オー・ソレ・ミオ」と聞けば、明るく大きく広がる、あの有名なメロディを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

タイトルの「O sole mio」は、「私の太陽」。

そのため、「ナポリの美しい太陽を讃えた歌」と思われることもあります。

もちろん、太陽はこの曲の大切な主人公です。


ところが、1898年に書かれたナポリ語の原詞を読んでいくと、ただ太陽を讃えているだけではないことが分かります。


嵐のあとの青空、窓に差し込む光、洗濯をしながら歌う人、日が沈んだあとの寂しさ。

そんなナポリの日常を描いた先に、もう一つの「太陽」が現れます。

今回は、こいねこが演奏する『’O sole mio(オー・ソレ・ミオ)』を、原詞から少し深掘りしてみましょう。



『オー・ソレ・ミオ』が生まれたのは1898年


歌詞を書いたのは、ナポリの詩人・ジャーナリスト、ジョヴァンニ・カプッロ(Giovanni Capurro)。

音楽は長年、エドゥアルド・ディ・カプア(Eduardo Di Capua)の作品として知られてきました。

1898年8月28日、ナポリの出版社フェルディナンド・ビデリ(Ferdinando Bideri)が発行していた『La Tavola Rotonda』に掲載され、ピエディグロッタ祭に関連した歌曲コンクールに出品されました。

ところが、現在では世界中で知られているこの曲。

実は、このとき「1位」ではありませんでした。



世界的名曲なのに、コンクールでは2位?


『オー・ソレ・ミオ』が獲得したのは2位。

賞金は200リラだったとされています。

1位になったのは『Napule bello!』という作品でした。

1898年当時の審査では2位だった曲が、その後ナポリを越え、イタリアを越え、世界中で歌われる作品になっていきます。

コンクールの順位と、その作品が後世にどれほど残るかは、必ずしも同じではない。

音楽史の面白いところかもしれません。



では、原詞には何が書かれている?


ここから、ナポリ語で書かれた歌詞を見ていきましょう。

有名な曲ですが、原詞を読むと意外なほど具体的な風景が描かれています。


1番|始まりは「嵐のあとの晴れた一日」


冒頭には、

“Che bella cosa ’na jurnata ’e sole”

という言葉が登場します。

大意は、

「なんて素晴らしいんだ、太陽の輝く一日は」

そして、

“’n’aria serena doppo ’na tempesta”

「嵐のあとの澄んだ空」

と続きます。

ここで大切なのは、いきなり「愛する人=太陽」と歌っているわけではないことです。

まず描かれているのは、本物の太陽。

嵐が過ぎ去ったあと、空が晴れ、爽やかな空気が広がっていく。

歌詞では、その新鮮な空気がまるでお祭りのようだとも表現されます。

暗い嵐が去ったあとに現れる、光に満ちた一日。

あの伸びやかな旋律の背景には、そんな風景があります。



ところがサビで「もう一つの太陽」が現れる


そして、有名なサビです。

“Ma ’n’atu sole cchiù bello, oje né’”

大意は、

「でも、もっと美しい別の太陽がある」

ここで初めて、話が変わります。

これほど美しい太陽の日を讃えてきたのに、

「でも、もっと美しい太陽がある」

というのです。

そして、

“’O sole mio sta ’nfronte a te!”

「私の太陽」は、あなたのところにある。

つまり、目の前に輝く自然の太陽以上に、自分にとって大切な「太陽」がある。

それが愛する「あなた」です。

この構造を知ってから聴くと、

「オー・ソレ・ミオ!」

という有名なフレーズの意味が、少し違って聞こえてきます。



太陽を讃えているからこそ、「あなた」が輝く


ここが、この歌詞の巧みなところではないでしょうか。

最初から、

「君は僕の太陽だ」

と歌っているわけではありません。

まず、本物の太陽がどれほど素晴らしいかを歌う。

嵐が去り、青空が広がり、空気まで喜んでいるような一日を描く。

そのうえで、

「でも、それより美しい太陽がある」

とひっくり返す。

自然の太陽を最大限に美しく描いているからこそ、「あなた」の存在がさらに大きくなる。

そんな構造になっています。



2番|突然「洗濯をする人」が登場する


2番になると、さらに面白い風景が出てきます。

“Lùceno ’e llastre d’ ’a fenesta toja”

大意は、

「あなたの家の窓ガラスが輝いている」

太陽の光が窓に反射しているのでしょう。

そして原詞には、

“’na lavannara canta”

という言葉が登場します。

「lavannara」は、洗濯をする女性。

洗濯物を絞り、広げ、干しながら歌っています。

世界中で大歌手たちが歌ってきた壮大なメロディ。

ところが原詞に描かれているのは、王宮でも神話の世界でもありません。

太陽に輝く窓と、洗濯をしながら歌う人。

ごく普通の暮らしの風景です。



太陽の歌であり、ナポリの日常の歌でもある


ここまで読むと、『オー・ソレ・ミオ』の別の顔が見えてきます。

太陽は、遠い空にある壮大な存在としてだけ描かれているのではありません。

窓ガラスを照らし、洗濯物を乾かし、人が歌う日常を照らしている。

つまり、この歌に描かれている太陽は、

人々が暮らしている町の中にある太陽

でもあります。

『オー・ソレ・ミオ』がナポリ歌曲として長く愛されてきた理由を考えるうえでも、興味深い部分です。



3番|太陽が沈むと、突然寂しくなる


ところが3番では、雰囲気が変わります。

“Quanno fa notte e ’o sole se ne scenne”

大意は、

「夜になって、太陽が沈んでしまうと」

そして、

“me vene quase ’na malincunia”

「僕はなんだか憂鬱になる」

昼間の明るさから一転。

太陽が消えると、心に寂しさが訪れます。

さらに主人公は、

“sotto ’a fenesta toja restarria”

と歌います。

大意としては、

「あなたの窓の下にいたい」

という意味です。



太陽が沈んでも、「僕の太陽」はそこにいる


ここまで3つの節を追うと、曲全体の構造が見えてきます。

1番では、

嵐が去り、本物の太陽が輝く。

2番では、

その太陽が、窓や人々の日常を照らす。

3番では、

太陽が沈み、主人公に寂しさが訪れる。

ところが、どの節のあとにも同じサビが帰ってきます。

「でも、もっと美しい太陽がある」

「僕の太陽は、あなた」

空の太陽は沈んでしまう。

けれど、自分にとっての「太陽」は愛する人のところにある。

そう考えると、タイトルの『’O sole mio』は単なる「太陽礼賛」とはかなり違って見えてきます。



「オデッサで作曲された」という有名な話


『オー・ソレ・ミオ』の成立については、もう一つ有名な話があります。

ディ・カプアが父親とともにロシア方面へ演奏旅行に出ていた際、現在のウクライナにあるオデッサでこの曲を作曲した、というものです。

長い間、この「オデッサで生まれた『オー・ソレ・ミオ』」というエピソードが語られてきました。

1898年9月30日の『La Tavola Rotonda』には、ディ・カプアが遠く離れた場所から故郷の太陽を思い出した、という趣旨の記事が掲載されており、当時ディ・カプアがロシア滞在中だったことと合わせて、後の「オデッサ説」につながったと考えられています。

一方で、現在確認できる資料だけから、

「オデッサのホテルで朝日を見て、その場でこの旋律を書いた」

といった細部まで史実として断定することには注意が必要です。

カプッロの歌詞はディ・カプアが旅立つ前に渡されていたとする資料もあります。

そのためこの記事では、

ディ・カプアのロシア滞在と曲の成立には関係があるものの、具体的な作曲場所や瞬間については伝承を含む

としておきたいと思います。



実は「作曲者」が後からもう一人増えた


そして『オー・ソレ・ミオ』には、さらに驚くような話があります。

長い間、この作品は、

作詞:ジョヴァンニ・カプッロ
作曲:エドゥアルド・ディ・カプア

として知られていました。

ところが2002年、イタリア・トリノの裁判所が、

アルフレード・マッツッキ(Alfredo Mazzucchi)

を共同作曲者として認定しました。

マッツッキは1897年、ディ・カプアに自作の旋律を譲渡していました。

裁判では、『オー・ソレ・ミオ』を含む複数の作品について、ディ・カプアがマッツッキの旋律をもとに手を加えて作品化したと認定されています。

そのため現在では、

作詞:Giovanni Capurro
作曲:Eduardo Di Capua / Alfredo Mazzucchi

とする資料があります。

100年以上歌われてきた世界的名曲の「作者」が、20世紀を過ぎてから改めて認定された。

これも『オー・ソレ・ミオ』の興味深い歴史の一つです。



知ってから聴くと、「オー・ソレ・ミオ!」が変わる


『オー・ソレ・ミオ』というと、

明るいナポリ。
青い空。
輝く太陽。

そんなイメージが浮かぶかもしれません。

それも間違いではありません。

でも原詞を読んでみると、

嵐のあとの空。
太陽に光る窓。
洗濯をしながら歌う人。
日が沈んだあとの寂しさ。
そして、その太陽より美しい「あなた」。

という、小さな物語が見えてきます。

だから次にこの曲を耳にするときは、ぜひサビの直前を思い出してみてください。

主人公はただ、

「私の太陽!」

と歌っているのではありません。

目の前にある本物の太陽を見て、

「でも、もっと美しい太陽がある」

と歌っている。

そして、

「僕の太陽は、あなた」

へと続いていくのです。

曲の背景や原詞を知ることで、何度も聴いたことのあるメロディが、少し違って聞こえてくる。

こいねこでは、そんな「曲を知ってから聴く楽しさ」も、演奏と一緒にお届けしていきたいと思います。



主な参考資料・確認資料

  • Treccani「DI CAPUA, Eduardo」
  • Napoligrafia「’O SOLE MIO」
  • Radio Napoli「Storia di ’O sole mio: la leggenda di Odessa」
  • University of Naples Federico II Research Repository
  • 1898年『La Tavola Rotonda』関連資料
  • 営業時間不定
070-8397-4063

基本情報

名称こいねこ
フリガナコイネコ
住所187-0023 小平市上水新町1丁目17-18
電話番号070-8397-4063
メールアドレスkoinekomusic@gmail.com
営業時間詳しくはお問い合わせください
Instagramアカウントhttps://www.instagram.com/koinekomusic/
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