こいねこ
「フニクリ・フニクラ」と聞けば、あの弾むようなメロディを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
日本でもよく知られ、「イタリア民謡」として紹介されることもあるこの曲。
ところが、いつ、なぜ作られたのか。そして原詞では何を歌っているのかまでたどってみると、単なる陽気な歌とは少し違った姿が見えてきます。
今回は、こいねこが演奏する曲の背景を少し深掘り。
1880年のナポリへさかのぼってみましょう。
【1880年、ヴェスヴィオ山に登る新しい乗り物が誕生】
舞台はイタリア南部、ナポリの近くにそびえるヴェスヴィオ山。
ポンペイを埋没させた噴火でも知られる、現在も活動を続ける火山です。
1880年、このヴェスヴィオ山にフニコラーレ(鋼索鉄道=ケーブルカー)が開業しました。
急な斜面をケーブルで車両を動かして登っていく乗り物です。
そして、この新しいフニコラーレの開業を祝うために作られたのが、
『Funiculì, Funiculà(フニクリ・フニクラ)』
でした。
作詞はジャーナリストのジュゼッペ(ペッピーノ)・トゥルコ、作曲はルイージ・デンツァ。
イタリアの百科事典Treccaniに掲載されたデンツァの伝記によれば、トゥルコがデンツァに、ヴェスヴィオ山のフニコラーレ開業を祝う歌を作ることを持ちかけ、1880年のピエディグロッタ祭に向けて作品が生まれました。
つまり「フニクリ・フニクラ」は、作者不詳で昔から歌い継がれてきた歌ではありません。
いつ、誰が、何のために作ったのかが分かっているナポリ歌曲なのです。
【では、歌詞には何が書かれている?】
ここからが、この曲の面白いところです。
「登山鉄道の開業を祝って作られた曲」と聞くと、
「新しい鉄道ができました。みんなで乗りましょう!」
という宣伝の歌を想像するかもしれません。
ところが、ナポリ語で書かれた原詞を読んでみると、それだけではありません。
そこにはヴェスヴィオ山、最新の乗り物、壮大な景色、そして一人の女性への恋が一緒に描かれています。
【「火」のある場所へ】
歌の冒頭で、男性は「ナンニネッラ」と呼ばれる女性に語りかけます。
“Aisséra, Nanninè, mme ne sagliette, tu saje addó?”
原詞には、
”Addó lo ffuoco coce”
という表現が登場します。
大意としては、
「火が燃える(焼けつく)ところへ」
という意味。
ヴェスヴィオ山という火山を連想させる言葉から、この歌は始まります。
しかし歌詞を読み進めると、「火」は単に火山の説明だけとも言い切れないような表現になっています。
ヴェスヴィオの火と、女性に心を奪われる男性。
火山の「火」と恋の熱情が重ねられている――そんなふうにも読むことができます。
※ここは史料に「恋の比喩である」と明記されている事実ではなく、原詞から考えられる一つの読み方です。
【「行こう、行こう、上へ行こう!」】
そして、あの有名なサビへ。
“Jammo, jammo, ’ncoppa jammo ja’”
「行こう、行こう、上へ行こう!」
あの勢いのある旋律に、文字通り「上へ向かう」言葉が乗っています。
曲を知っている方は、ここで一度メロディを頭の中で鳴らしてみてください。
ただ陽気なだけではなく、音楽そのものがぐんぐん上へ進んでいくようにも感じられます。
ヴェスヴィオ山を登っていくフニコラーレ。
その上昇感と音楽の勢いが重なって聞こえてくるのも、この曲の面白さではないでしょうか。
【「地上から山へ」――原詞に描かれるフニコラーレ】
さらに歌詞には、
“da la terra a la montagna”
「地上から山へ」
という言葉が登場します。
そして、
“Tiráte co li ffune”
「綱に引かれて」
と続きます。
ここでは、ケーブルに引かれて斜面を登っていくフニコラーレの姿が、かなり直接的に描かれています。
さらに、
“’ncielo se va”
「空へ上っていく」
という表現まで出てきます。
現在では山を登る鉄道やロープウェーは珍しいものではありません。
しかしこれは1880年。
当時の人々にとって、ケーブルに引かれた車両に乗って急斜面を上っていく体験は、今とは違った驚きや高揚感を伴うものだったのではないでしょうか。
【フランスもスペインも見える? でも僕が見るのは……】
山へ登ると、歌詞はさらに大きく広がります。
原詞には、
“Francia, Pròceta, la Spagna”
「フランス、プローチダ、スペイン」
という地名が並びます。
もちろん、ヴェスヴィオ山から本当にフランスやスペインが見える、という地理案内ではありません。
遠くまで見渡せる素晴らしい眺望を、大げさなくらい壮大に歌っているのでしょう。
ところが、その直後。
男性の視線は突然、一人の女性へ戻ります。
“e io veco a te”
「そして僕には君が見える」
遠くフランスやスペインまで見えるほどの絶景を語っておきながら、
結局、僕が見ているのは君。
ここまで読むと、「登山鉄道の歌」という印象がかなり変わってきます。
【そして最後は「結婚しよう」】
さらに歌詞を追っていくと、男性の思いはどんどん女性へ向かっていきます。
そして終盤には、
“Sposammo, oje né’!”
という言葉まで登場します。
大意は、
「結婚しようよ!」
です。
つまり、この歌を原詞に沿って追ってみると、
ヴェスヴィオ山へ行こう
↓
新しいフニコラーレで上へ行こう
↓
山から素晴らしい景色を眺めよう
↓
でも僕が見ているのは君
↓
そして「結婚しよう!」
……という展開まで見えてきます。
かなり勢いのある恋の誘いです。
【「登山鉄道の宣伝歌」だけではなかった】
「フニクリ・フニクラは、ヴェスヴィオ山の登山鉄道を宣伝するために作られた歌」
そんな説明を目にすることがあります。
曲の成立背景として、フニコラーレの開業と密接に結びついていることは史料から確認できます。
ヴェスヴィオ山という土地
1880年に登場した新しい技術
山へ向かう高揚感
ナポリらしい大げさな表現
そして男女の恋
それらが一つの歌の中に詰め込まれていることが分かります。
だからこそ、単なる「鉄道の歌」では終わらず、人々に愛される歌になったのかもしれません。
【1年間で100万部を売った大ヒット曲】
「フニクリ・フニクラ」は大きな成功を収めました。
Treccaniのデンツァの項目によれば、楽譜を出版したRicordiは、1年間で100万部を販売したとされています。
1880年に生まれた一曲が、急速に広まっていったことが分かります。
さらに興味深いのが、あまりにも広く知られるようになったため、「昔から伝わる民謡」のように受け取られることがあったことです。
ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスも、1886年の交響的幻想曲『イタリアより(Aus Italien)』で「フニクリ・フニクラ」の旋律を取り入れています。
作者のいる新しい歌が、わずかな期間で「イタリアを象徴する旋律」のように世界へ広がっていった。
この曲の広まり方そのものも、とても興味深いところです。
【知ってから聴くと、音楽は少し違って聞こえる】
普段何気なく耳にしている「フニクリ・フニクラ」。
でも、
「上へ行こう!」
という歌詞を知ってからサビを聴く。
ケーブルに引かれて空へ向かうフニコラーレを想像して聴く。
そして最後には「結婚しよう!」と歌っていることを知って聴く。
同じメロディでも、少し違って聞こえてくるのではないでしょうか。
こいねこでは、ただ曲を演奏するだけではなく、その曲が生まれた時代や場所、歌詞に込められた物語などもご紹介しながら、音楽をお届けしています。
次の演奏では、ぜひ1880年のナポリとヴェスヴィオ山、そしてフニコラーレに乗って山へ向かう二人の姿を少し想像しながら、「フニクリ・フニクラ」をお楽しみください。
主な参考資料・確認資料
Treccani, Dizionario Biografico degli Italiani「DENZA, Luigi」
作曲の経緯、ジュゼッペ・トゥルコとの関係、1880年のピエディグロッタ祭、Ricordiが1年間で100万部を販売したこと、リヒャルト・シュトラウスが《Aus Italien》に旋律を使用したことなどを確認。
Treccani「DENZA, Luigi」
University of Rochester / Sibley Music Library「Funiculí-Funiculá, canto popolare di piedigrotta pel 1880」
1880年、Ricordi刊。作曲Luigi Denza、作詞Giuseppe Turco。デジタル化された楽譜そのものを閲覧できます。
1880年版『Funiculí-Funiculá』楽譜
Biblioteca Nazionale di Napoli(ナポリ国立図書館)「Funiculì - funiculà」
ナポリ国立図書館が所蔵するRicordi版。書誌情報でもMilano:G. Ricordi e C.、[1880]と確認できます。
ナポリ国立図書館『Funiculì - funiculà』
Napoligrafia「FUNICULÌ FUNICULÀ」
ナポリ語原詞と標準イタリア語を対照して掲載。「Aisséra, Nanninè」から「sposammo, oje ne'」まで、今回の記事で扱っている歌詞を確認できます。
Napoligrafia『Funiculì Funiculà』原詞
IMSLP / Petrucci Music Library「Aus Italien, Op.16(Richard Strauss)」
リヒャルト・シュトラウス《Aus Italien》の楽譜資料。1886年作曲であることや第4楽章を含む全曲楽譜を確認できます。
IMSLP「Aus Italien, Op.16」
| 名称 | こいねこ |
|---|---|
| フリガナ | コイネコ |
| 住所 | 187-0023 小平市上水新町1丁目17-18 |
| 電話番号 | 070-8397-4063 |
| メールアドレス | koinekomusic@gmail.com |
| 営業時間 | 詳しくはお問い合わせください |
| Instagramアカウント | https://www.instagram.com/koinekomusic/ |
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