暮らしと仕事の「?」を調べてみた
(更新)
認証情報を盗み、無効化するとファイル削除の危険も|Tensorlake改ざん事件

図:公開資料をもとに編集部作成(生成AIを使用)
暮らしと仕事の「?」を調べてみた|AIと情報セキュリティ
AIを動かすためのソフトウェアが、攻撃者によって書き換えられていた――。
2026年10月8日、AIエージェントの開発基盤を提供するTensorlakeが、公式ソフトウェアの一部に悪意あるプログラムが混入していたことを公表しました。
問題のプログラムには、認証情報を盗み取る機能だけでなく、盗まれた認証情報を無効化すると、利用者のファイルを削除しようとする仕組みまで組み込まれていました。
今回はAIが自ら判断して暴走した事件ではありません。AIを開発・運用するためのソフトウェアの配布経路が、外部の攻撃者に悪用された事件です。
出典:Tensorlake公式セキュリティ勧告。CVSSは脆弱性の深刻度を示す指標で、実際の被害規模ではありません。
Tensorlakeは、AIエージェントがプログラムを実行するための環境などを提供する企業です。
開発者は同社のSDKと呼ばれるソフトウェア部品を使い、AIを組み込んだシステムを開発できます。
今回、攻撃者はソフトウェアの保守担当者のアカウントを侵害し、開発元のソースコードに悪意ある変更を加えました。そのうえで正規の公開手順を利用し、改ざんしたソフトウェアを配布しました。
対象となったのは、JavaScriptなどの開発環境で使われるnpm版の「tensorlake」バージョン0.5.144と、関連するネイティブパッケージです。
利用者が怪しいサイトからプログラムを入手したのではありません。正規の配布経路を通じて、悪意あるコードが届けられる状態になっていました。
開発元によれば、Python向けのPyPI版、Rust向けのcrates.io版、Tensorlake CLIは今回の影響対象ではありません。
10月7日
攻撃者が開発元のソースコードに不正な変更を加えたと報告。
10月8日 10:12ごろ(日本時間)
改ざんされたバージョン0.5.144がnpmで公開される。
10月8日 10:23ごろ
セキュリティ企業Socketが問題を検知。
10月8日 11:54ごろ
問題のバージョンの公開が終了。
10月8日
Tensorlakeが公式セキュリティ勧告を公開。
公開されていた時間は約1時間42分でした。
しかし、今回のプログラムはインストール時に自動実行される仕組みを利用していました。つまり、開発者がAIエージェントを実際に起動しなくても、不正なコードが動作する可能性があったのです。
Tensorlakeの公式勧告とSocketの解析によると、悪意あるプログラムは幅広い認証情報や設定ファイルを収集対象としていました。
さらに、盗んだ認証情報を使って、被害者が公開権限を持つ別のソフトウェアにも不正なコードを広げる機能が確認されました。
これは「サプライチェーン攻撃」と呼ばれる手法です。ソフトウェアの供給経路を悪用し、開発者や利用者へ被害を広げようとします。
今回の事件で特に異例なのは、盗まれた認証情報を無効化した際に作動する仕組みが組み込まれていたことです。
通常、認証情報の流出が疑われる場合には、該当するトークンを失効させ、新しいものに変更する対応が行われます。
ところが、この悪意あるプログラムには、GitHubの認証トークンが引き続き有効かどうかを監視する仕組みが含まれていました。
開発元の説明では、トークンが無効化されたことを検知すると、利用者のホームディレクトリを削除する処理が作動するよう設計されていました。
確認されたのは悪意あるプログラムに組み込まれた機能です。被害端末数や実際の情報流出規模も明らかになっていません。
この仕組みは、セキュリティ分野で「デッドマンズスイッチ」と呼ばれるものに類似しています。ある条件が満たされなくなると、あらかじめ用意された処理が実行される仕組みです。
今回の改ざん版には、正規の公開手順を経たことを示す証明情報が付いていました。
本来、こうした情報はソフトウェアの出所や公開過程を検証するために役立ちます。
しかし、公開権限を持つアカウントや公開手順そのものが攻撃者に悪用された場合、正規の経路を通ったという事実だけでは、中身の安全性を保証できません。
「公式から配布されているから安全」とは、必ずしも言い切れない。今回の事件は、その難しさを具体的に示しています。
Tensorlakeは、問題のバージョンが公開されていたことを認める一方、自社のSDK利用状況の監視では、そのバージョンの使用を確認していないと説明しています。
ただし、これは世界中のすべてのインストールや実行がなかったことを証明するものではありません。
現時点で、実際に感染した端末数、盗まれた情報の量、ファイル削除による被害件数は確認できていません。
したがって、今回の事件は「悪意あるソフトウェアの配布と危険な機能が確認された事案」として扱う必要があります。
Tensorlakeは、対象バージョンをインストールし、不正なコードが実行された可能性のある環境について、侵害されたものとして対応するよう呼びかけています。
監視プログラムが残っている状態でGitHubトークンを失効させると、ファイル削除処理が作動するおそれがあります。具体的な復旧手順は開発元の公式勧告に従い、必要に応じて専門家へ相談してください。
今回の事件は、一般のAIチャット利用者が直ちに被害を受けるという話ではありません。
ただし、企業がAIエージェントを使って業務を自動化する際には、AIモデルそのものだけでなく、それを動かすソフトウェアや開発環境の安全性も重要になります。
例えば、AIに顧客情報の検索、社内資料の整理、外部サービスとの連携を任せる場合、開発環境に保存された認証情報が悪用されれば、AIの判断とは関係なく情報流出や不正操作につながる可能性があります。
地域の中小企業にとっても、外部の開発会社にAIシステムを委託する際、どのようなソフトウェアを使い、更新やセキュリティ対策をどう管理しているのかを確認することが大切です。
これまでAIの安全性というと、AIが誤った回答をしたり、指示を無視して想定外の行動を取ったりする問題が注目されてきました。
しかし、今回の事件は異なる問題を示しています。
AIが正しく動作していても、そのAIを支えるソフトウェアが攻撃者に悪用されれば、利用者の情報やシステムが危険にさらされる可能性がある。
AIの安全性を考える際には、モデルの能力や制御だけでなく、開発環境、認証情報、ソフトウェアの配布経路まで含めた対策が必要です。
AIを信頼して仕事を任せるためには、AI自身の振る舞いだけでなく、AIを動かす仕組みを誰が、どのように守っているのかも問われているのではないでしょうか。
本記事は2026年10月14日時点で確認できる公開資料をもとに構成しています。悪意あるプログラムに含まれた機能と、実際に確認された被害を区別して記載しています。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。