こいねこ
デンマークの妖精伝承、翻訳から生まれた名前、
そして一人で4役を演じる歌曲の秘密
夜の闇を、父親が子どもを抱いて馬で駆け抜けていく。
子どもは「魔王が見える」と怯え、父親は「ただの霧だ」となだめます。
しかし、子どもには魔王の声が聞こえ、やがて何者かに捕まれたと叫びます。
そして最後、父親が目的地にたどり着いたとき、腕の中の子どもはすでに息絶えていました。
シューベルトの歌曲《魔王》(Erlkönig)。
学校の音楽の授業で聴いたことがある方も多いのではないでしょうか。
けれども、この曲には、あまり知られていない謎があります。
魔王は本当にそこにいたのでしょうか。それとも、子どもにしか見えない幻だったのでしょうか。
その答えを探るため、まずは作曲家シューベルトよりも前の時代へさかのぼってみましょう。
《魔王》は、もともと芝居の中で歌われる詩だった
《魔王》の詩を書いたのは、ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)です。
詩が生まれたのは1782年。
実は、独立した歌曲として書かれたものではありませんでした。
ゲーテの歌芝居《漁師の娘》(Die Fischerin)のために作られた詩だったのです。
劇中では、登場人物の娘が父親の漁網を繕いながら、この不気味な物語を歌います。
今では激しいピアノ伴奏とともに知られる《魔王》ですが、もともとは芝居の世界に登場した物語でした。
そして、そのさらに奥には、ドイツとは別の国の伝承がありました。
シューベルトが作曲する33年前、すでに《魔王》を歌っていた女性がいた。
現在、《魔王》といえばシューベルトの歌曲が有名ですが、ゲーテの詩に最初期の音楽を付けたのは、シューベルトではありませんでした。
1782年、ゲーテの歌芝居《漁師の娘》のために作曲したのは、コロナ・シュレーター(Corona Schröter、1751〜1802)という女性音楽家です。
シュレーターは、歌手、俳優、作曲家として活動していました。
そして、劇中で《魔王》を歌う娘ドルチェンを、彼女自身が演じたのです。
つまり、《魔王》は、もともと女性歌手によって舞台上で歌われた作品だったということになります。
シュレーターの音楽は、各連に同じ旋律を繰り返す、比較的簡潔な歌曲でした。
一方、シューベルトは、登場人物ごとに旋律や和声を変化させ、劇的な音楽を生み出しました。
両者は、同じゲーテの詩に、それぞれ異なる音楽を付けた作品です。
私たちがよく知る《魔王》の前にも、別の《魔王》が存在していたのです。
「魔王」という名前は、翻訳の取り違えから生まれた?
ゲーテが着想を得たとされるのは、デンマークの民謡・伝承です。
その物語では、騎乗する若者オルフが、妖精の娘と出会い、不吉な運命をたどります。
ドイツの思想家ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーは、このデンマークのバラッドをドイツ語に翻訳し、《Erlkönigs Tochter》(魔王の娘)という題名で紹介しました。
ところが、ここに言葉の問題がありました。
デンマーク語で妖精を指す言葉が、ドイツ語ではハンノキを意味する語と結びつけられ、「Erlkönig」という名前になったと説明されています。
ドイツ語辞典Dudenも、ヘルダーによるデンマーク語の誤訳が、この名称をドイツ文学にもたらしたと説明しています。
本来の伝承に近い意味は、一般に「妖精の王」と理解されます。
ゲーテは、先行する伝承とヘルダーの翻訳を踏まえ、新しい詩を創作しました。
父親と子どもは、同じものを見ていない
詩の中で、父親と子どもの会話は何度も繰り返されます。
① 子どもには魔王が見える。しかし父親には霧に見える。
子ども
Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?
Den Erlenkönig mit Kron und Schweif?
「お父さん、魔王が見えないの?
冠をかぶり、長い衣の裾を引いた魔王が」
父親
Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif.
「息子よ、あれは一筋の霧だよ」
② 子どもには魔王の声が聞こえる。しかし父親には風の音に聞こえる。
子ども
Mein Vater, mein Vater, und hörest du nicht,
Was Erlenkönig mir leise verspricht?
「お父さん、お父さん、聞こえないの?
魔王が僕にそっと約束していることが」
父親
Sei ruhig, bleibe ruhig, mein Kind;
In dürren Blättern säuselt der Wind.
「落ち着きなさい、落ち着くんだ、わが子よ。
枯れ葉の中で風がそよいでいるだけだ」
③ 子どもには魔王の娘たちが見える。しかし父親には柳の木に見える。
子ども
Mein Vater, mein Vater, und siehst du nicht dort
Erlkönigs Töchter am düstern Ort?
「お父さん、お父さん、あそこに見えないの?
暗がりにいる魔王の娘たちが」
父親
Mein Sohn, mein Sohn, ich seh es genau:
Es scheinen die alten Weiden so grau.
「息子よ、息子よ、私にははっきり見える。
古い柳の木が灰色に見えているんだ」
ここで注目したいのは、父親の最後の言葉です。
Ich seh es genau.
「私にははっきり見える」
父親は、何も見えていないのではありません。
子どもと同じ方向を見ながら、まったく別のものを認識しているのです。
子どもにとっては魔王の姿や声が現実であり、父親にとっては霧や風、柳の木が現実です。
同じ夜の風景を見ているはずなのに、二人の世界は決して重なりません。
そして、このすれ違いは最後まで解消されないまま、悲劇へと向かっていきます。
魔王は本当に存在したのか?
この問いに、ゲーテの詩は明確な答えを示していません。
超自然的な存在が子どもを襲ったと読むこともできます。
一方、病気や極度の恐怖によって、子どもが幻覚を見ていたという解釈も可能です。
ただし、原詩には、子どもが高熱を出していた、あるいは父親が医者へ連れて行く途中だったとは明記されていません。
そして、もう一つの読み方があります。
魔王を、死そのものの象徴として考える解釈です。
子どもは、父親には見えない死の気配を感じている。
父親はそれを否定し、子どもを守ろうとする。
しかし、どれほど強く抱きしめても、最後には救えない。
もちろんゲーテが正解として示した答えはありません。
魔王は、最初から恐ろしい言葉を使っていたわけではない
では魔王の言葉にも注目してみましょう。
実は、魔王は最初から子どもを脅しているわけではありません。原詩では、3回にわたって子どもに語りかけ、その態度を変えていきます。
① 最初は優しく遊びに誘う
Du liebes Kind, komm, geh mit mir!
Gar schöne Spiele spiel ich mit dir;
Manch bunte Blumen sind an dem Strand,
Meine Mutter hat manch gülden Gewand.
「かわいい子よ、おいで、私と一緒に行こう!
楽しい遊びを一緒にしよう。
岸辺には色とりどりの花が咲いている。
私の母は金色の衣装をたくさん持っているんだ」
魔王は、美しい花や豪華な衣装を持ち出して、子どもの興味を引こうとします。
ちなみに、Meine Mutterとあるように金色の衣装を持っているのは子どもの母親ではなく、魔王自身の母親です。
② 次は娘たちによる歌と踊りで誘う
Willst, feiner Knabe, du mit mir gehn?
Meine Töchter sollen dich warten schön;
Meine Töchter führen den nächtlichen Reihn,
Und wiegen und tanzen und singen dich ein.
「かわいい少年よ、私と一緒に来ないか?
私の娘たちがお前を優しく世話してくれる。
娘たちは夜の輪舞を踊り、
お前を揺らし、踊り、歌いながら眠りへ誘うだろう」
今度は魔王の娘たちが登場します。
歌い、踊り、子どもを楽しませるという誘いです。
しかし、最後の wiegen(揺らす、あやす)や singen dich ein(歌って眠りへ誘う)という表現には、子守歌のような響きもあります。
③ 最後は、突然脅しに変わる
Ich liebe dich, mich reizt deine schöne Gestalt;
Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt.
「私はお前を愛している。お前の美しい姿に心を引かれる。
だが、お前が自分から来ないのなら、力ずくで連れていく」
ここで魔王の態度は一変します。
それまで優しく誘っていた魔王が、ついに暴力をほのめかすのです。
しかも、直前には「愛している」と語っています。
愛を口にしながら、相手の意思を無視して力を使おうとする。
ここに、魔王の恐ろしさを際立たせます。
そして、その直後に子どもは叫びます。
Mein Vater, mein Vater, jetzt faßt er mich an!
Erlkönig hat mir ein Leids getan!
「お父さん、お父さん、今、魔王が僕をつかんだ!
魔王が僕にひどいことをした!」
甘い誘惑は、ついに直接的な恐怖へと変わりました。
シューベルトは、この変化を音楽でも表現しています。
最初の魔王は滑らかで柔らかな旋律を歌いますが、最後の脅迫では、その穏やかさが失われ、緊張が高まります。
一人の歌手が、4人の登場人物を演じる
シューベルトの《魔王》が特別なのは、一人の歌手が4つの役割を担うことです。
登場するのは、語り手、父親、子ども、魔王。
歌手は、舞台で衣装を替えることなく、声と表現だけで人物を切り替えます。
語り手は、物語を客観的に進めます。
父親は、落ち着かせるような低い音域で語りかけます。
子どもは、恐怖が強まるにつれて、切迫した高い声で訴えます。
魔王は、最初は優しく、滑らかな旋律で誘惑します。
しかし、最後にはその穏やかさが失われます。
この曲の難しさは、同じ歌手が、恐怖を感じる子どもにも、守ろうとする父親にも、誘惑する魔王にもならなければならないのです。
シューベルトは音域や旋律、和声を変えることで、それぞれの人物を描き分けています。
ピアノが表現しているのは
《魔王》を聴いて、まず印象に残るのがピアノです。
冒頭から、激しい三連符が繰り返されます。
この動きは、夜道を駆ける馬のひづめを表しているとよく説明されます。
しかし、繰り返される音は、父親の焦りや子どもの恐怖、物語全体の緊迫感とも結びついているのです。
さらに、魔王が甘く語りかける場面では、伴奏の性格も変化します。
まるで、恐ろしい出来事の中に、別の世界が突然現れたかのようです。
ピアノは背景の音ではなく、物語を動かすもう一人の語り手のような役割を果たしています。
最後の一行で、音楽は突然変わる
物語の終盤、父親は恐怖に駆られて馬を急がせます。
ようやく目的地に到着しますが、子どもはすでに亡くなっています。
ゲーテの原詩は、最後にその事実を簡潔に告げます。
In seinen Armen das Kind war tot.
「その腕の中で、子どもは死んでいた」
ここで、シューベルトの音楽は大きく変化します。
それまで激しく続いていたピアノの動きが止まり、歌手が最後の言葉を語るように歌います。
恐怖を描くために激しい音を重ねてきた音楽が、最後には、ほとんど何も飾らない言葉へと行き着くのです。
最も恐ろしい瞬間に、音楽は静かになる。
この対比こそ、《魔王》の忘れがたい特徴ではないでしょうか。
作曲したシューベルトは、まだ18歳だった
シューベルトが《魔王》を作曲したのは1815年。
1797年生まれのシューベルトは、まだ18歳でした。
若い作曲家が、これほど劇的な歌曲を生み出したことにも驚かされます。
友人ヨーゼフ・フォン・シュパウンは、シューベルトがゲーテの詩を読んで強く刺激され、短い時間で作曲したという回想を残しています。
ただし、これは後年に伝えられた回想であり、作曲の全過程をそのまま記録したものではありません。
実際、《魔王》には複数の稿が残されています。
新シューベルト全集では、第1稿から第4稿までを確認できます。
さらに、自筆譜を調査した研究データベースによると、第4稿の変更は、第2稿の清書譜に赤色の筆記具で直接書き加えられています。
その楽譜は、初版を作るための原稿にもなりました。
シューベルトはゲーテに楽譜を送った。しかし……
1816年、シューベルトの友人シュパウンは、若い作曲家の歌曲をまとめてゲーテに送りました。
その中には《魔王》も含まれていました。
ベルリン国立図書館によると、ゲーテへ送られた16曲の歌曲集は現在も残されています。
しかし、ゲーテはその楽譜をコメントなしで返却しました。
ゲーテが当時どこまで楽譜を確認したのか、またどのように評価していたのかについては、資料の解釈に注意が必要です。
シューベルトが敬愛する詩人に作品を届けようとしたものの、期待した交流は実現しなかったとようです。
1815年の作曲、1820年の演奏、1821年の公開演奏と出版
《魔王》は1821年に出版されました。
出版時の作品番号は、(Op. 1)です。
また、1821年3月7日、ウィーンのケルントナートーア劇場で、重要な公開演奏が行われました。
歌ったのは、当時すでに名声を得ていたオペラ歌手ヨハン・ミヒャエル・フォーグル。
ピアノ伴奏はアンゼルム・ヒュッテンブレンナーが担当し、シューベルト自身は譜めくりをしていたと記録されています。
この演奏は大成功を収め、フォーグルは《魔王》のアンコールを求められました。
また興味深いのは、フォーグルがリハーサルでシューベルトに、息継ぎの時間を確保するため伴奏を少し延ばすよう求めたという記録もあります。
まとめ
《魔王》には、いくつもの異なる世界が重なっています。
この曲を聴くとき、ぜひ考えてみてください。
子どもが見ていた魔王は、本当に存在したのでしょうか。
父親は、本当に何も見えていなかったのでしょうか。
それとも、父親が必死に否定していたのは、子どもの命が失われていく現実だったのでしょうか。
見えないものが怖いのか。
それとも、大切な人を守れないことが怖いのか。
次に《魔王》を聴くときは、父と子の言葉、魔王の声、そして死、ぜひ耳を傾けてみてください。
主な参考資料
1.Goethezeitportal/ゲーテ《魔王》の成立とデンマーク伝承
https://www.goethezeitportal.de/wissen/projektepool/goethe-schiller-co/goethe/der-erlkoenig.html
2.Cambridge University Press/『Nordic Terrors』第3章
ゲーテの《魔王》とデンマークの妖精伝承、ヘルダーの翻訳について。
3.Projekt Gutenberg/ゲーテ《魔王》原詩
4.Neue Schubert-Ausgabe/新シューベルト全集
《魔王》D 328の第1稿〜第4稿について。
https://schubert-ausgabe.de/en/edition/classification-and-status-of-edition/?detail=87
5.Open University/Schubert's Lieder: Settings of Goethe's Poems
シューベルトの作曲、フォーグルの演奏、歌曲と詩の関係について。
https://www.open.edu/openlearn/mod/oucontent/view.php?id=1668§ion=4.4
6.Cambridge University Press/The Piano and Musical Imagery in Schubert’s Lieder
ピアノ伴奏が描く情景と心理表現について。
7.Klassik Stiftung Weimar/ゲーテとシューベルトの関係
https://blog-archiv.klassik-stiftung.de/goethe-und-schubert/
8.MIT OpenCourseWare/Schubert's Erlkönig
歌手による4人の人物の描き分けと音楽構造について。
9.IMSLP/《魔王》D 328 初版・各稿の楽譜
https://imslp.org/wiki/Erlk%C3%B6nig%2C_D.328_%28Schubert%2C_Franz%29
10.Bayerischer Rundfunk/《魔王》作曲の逸話
11.Duden/Erlkönig
名称の語源とヘルダーの翻訳について。
https://www.duden.de/rechtschreibung/Erlkoenig
12.ベルリン国立図書館/シューベルトがゲーテへ送った歌曲集
https://blog.sbb.berlin/termin/2022-06-09-schubert/
13.Schubert Online/《魔王》自筆譜・改訂稿
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