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《夏の思い出》の水芭蕉はなぜ夏に咲く?江間章子と中田喜直の誕生秘話

こいねこ

《夏の思い出》の水芭蕉は、なぜ夏に咲く?


尾瀬の風景と、戦後に生まれた名曲の物語


「夏が来れば思い出す」。誰もが知る歌の中に、意外な季節の秘密と、二人の作者の物語がありました。「夏が来れば思い出す」この歌い出しを聴くと、自然と《夏の思い出》の旋律が浮かんでくる方も多いのではないでしょうか。


江間章子が作詞し、中田喜直が作曲した、日本を代表する叙情歌の一つです。

歌詞に登場するのは、尾瀬の湿原と水芭蕉。


  • 水芭蕉は春の花ではなかったでしょうか。
  • なぜ《夏の思い出》という題名の歌に登場するのでしょうか。

実は、この疑問には作詞者自身が答えを残していました。

そして、もう一つ興味深いことがあります。


この曲を作曲した中田喜直は、当時、尾瀬を一度も訪れたことがなかったのです。


今回は、尾瀬の自然と江間章子・中田喜直の二人が残した言葉をたどりながら、この名曲が生まれた背景を調べてみました。


水芭蕉は、本当に夏に咲くの?


水芭蕉といえば、雪解けの湿原に咲く白い花。

一般的には、春を告げる植物として知られています。

実際、標高の低い地域では4月頃から見られる場所もあります。

ところが、尾瀬では事情が違います。

尾瀬保護財団によると、尾瀬の水芭蕉の見頃は例年5月下旬から6月上旬です。

この時期、尾瀬ではようやく雪が解け、湿原に白い水芭蕉が姿を現します。

場所によっては、まだ山や登山道の周辺に雪が残っています。

つまり、平地では春が終わりかけていても、標高の高い尾瀬では、ようやく雪解けの季節を迎えているのです。


5月から6月といえば、現在の暦では春の終わりから初夏。

なぜ、江間章子はこの風景を「夏の思い出」と呼んだのでしょうか。


「5月、6月を私は夏と呼ぶ」――作詞者自身の説明


この疑問について、江間章子は自著『〈夏の思い出〉その想いのゆくえ』で説明しています。

江間は、水芭蕉が最も美しい5月から6月を、自分は夏と呼ぶのだと述べています。

その理由として挙げているのが、歳時記の影響です。


俳句などで使われる伝統的な季節の区分では、立夏を迎える5月上旬頃から夏が始まります。

私たちが普段使う「夏休みの夏」とは、少し感覚が違うのです。

実際、《夏の思い出》が広く知られるようになると、夏休みに尾瀬へ行った人から、水芭蕉が咲いていなかったという声も寄せられたそうです。


しかし、江間が歌にしたのは、真夏の尾瀬ではありません。

雪解けの頃、5月から6月に咲き誇る水芭蕉の風景でした。


《夏の思い出》の「夏」は、作者が親しんでいた季節の言葉と、実際に見た風景が重なって生まれたものだったのです。


実は、白い部分は花びらではない


水芭蕉について調べると、もう一つ意外なことが分かります。

私たちが花だと思っている白い部分は、実は花びらではありません。

「仏炎苞(ぶつえんほう)」と呼ばれる、葉が変化したものです。


本当の花は、その内側にある黄色い棒状の部分に、小さな花が集まって咲いています。

環境省や尾瀬保護財団の自然観察資料でも、この特徴が紹介されています。

さらに、水芭蕉の葉は、花の時期が終わると大きく成長します。

時には1メートル以上になることもあるそうです。


その大きな葉がバショウの葉に似ていることから、「水芭蕉」という名前がつけられました。

歌詞に登場する水芭蕉の姿を、もう一度思い浮かべてみてください。

雪解けの水辺に、白い仏炎苞がいくつも並ぶ光景。

その静かな美しさが、歌の世界を形づくっています。


江間章子が幼い頃に見た水芭蕉


《夏の思い出》の作詞者、江間章子は1913年に生まれた詩人です。

幼い頃には、母親の故郷である岩手県で暮らしていました。


岩手山麓では、雪が解ける頃になると、水芭蕉が咲いていたといいます。

江間にとって水芭蕉は、幼い頃の記憶と結びついた植物でした。

そして、その記憶と重なる光景を、後にもう一度目にすることになります。

それは、戦争中の1944年のことでした。


戦時中、尾瀬の入口で見た光景


江間章子は1944年、食料を求めて群馬県片品村の戸倉付近を訪れました。

そのとき、湿地に広がる水芭蕉の群生を目にしたと語っています。

江間本人の回想は、音楽之友社から出版された鮎川哲也著『唱歌のふるさと うみ』などに収録され、教育出版の音楽教材資料にも紹介されています。


ここで注意したいのは、江間が見た場所です。

尾瀬ヶ原の中心部ではなく、尾瀬への入口にあたる片品村戸倉付近での体験でした。

江間は、そこに一面に咲く水芭蕉を見て、幼い頃に岩手で見た風景を思い出したと語っています。


戦争末期の厳しい暮らしの中で出会った、美しい自然の風景。

その光景は、江間にとって特別な記憶となりました。

後年のインタビューでは、戦争中であっても夢や希望があるのだと感じたこと、その感動を詩にしたことを語っています。


《夏の思い出》には、尾瀬で見た水芭蕉だけでなく、幼い頃の記憶と、戦時中に感じた希望も重なっていたのです。


戦後の日本に、夢と希望のある歌を


終戦から間もない1947年、江間章子はNHKから、ラジオで放送する歌の作詞を依頼されました。

当時の日本は、戦争によって大きな被害を受け、復興の途上にありました。

NHKから求められたのは、人々に夢や希望を届ける歌でした。


しかし、江間自身も戦争によって心を痛め、すぐには題材が思い浮かばなかったと伝えられています。

そんなとき、心に浮かんできたのが水芭蕉でした。


  • 幼い頃に見た岩手の風景。
  • 戦争中に目にした、尾瀬の入口に広がる水芭蕉。

二つの記憶が重なり、《夏の思い出》の詩が生まれたのです。

《夏の思い出》は、遠く離れた場所から、かつて見た風景を懐かしむ歌です。

だからこそ、歌詞には距離や時間の隔たりを感じさせる言葉が登場します。


中田喜直は、尾瀬を知らずに作曲した


この詩に曲をつけたのが、中田喜直です。

中田は1923年生まれ。

《ちいさい秋みつけた》《めだかのがっこう》《雪の降るまちを》など、現在も親しまれている多くの作品を残しました。


父親の中田章も作曲家で、《早春賦》を作曲したことで知られています。

そんな中田喜直ですが、《夏の思い出》を作曲した当時、尾瀬を訪れた経験はありませんでした。


本人は後年、NHKから作曲を依頼されたとき、まだ尾瀬へ行ったことがなく、詩を読んでいるうちに浮かんできたイメージをもとに曲を書いたと回想しています。

その言葉は、教育芸術社の音楽教科書に掲載された資料などでも紹介されています。

また、作詞者の江間章子とも、当時は面識がなかったそうです。


最初の曲は、お母さんに叱られた?


《夏の思い出》の作曲には、もう一つ有名なエピソードがあります。

中田喜直が最初に書いた曲を母親に聴かせたところ、出来栄えについて厳しく指摘され、書き直したというものです。

この逸話は、ダークダックスのメンバーとしても知られる喜早哲の著書『日本の美しい歌』などで紹介されています。


伝えられているところによると、母親が気にしたのは、日本語のアクセントと旋律の関係でした。

中田はその指摘を受けて曲を見直し、現在親しまれている形に仕上げたといいます。

最初に書いた楽譜は破ってしまったという話も残されています。


中田自身も、日本語は抑揚が大切なので、言葉を生かし、正しい日本語に聞こえるように作曲したと語っています。

歌詞を自然な日本語として届けること。

その大切さを、改めて考えさせられます。


1949年、ラジオから全国へ


《夏の思い出》が広く知られるきっかけとなったのは、NHKのラジオ番組でした。

尾瀬保護財団の公式年表によると、1949年(昭和24年)6月13日、NHKの「ラジオ歌謡」で放送されています。


歌ったのは、石井好子です。

テレビが一般家庭に普及する前の時代。

ラジオは、多くの人々に音楽を届ける大切なメディアでした。


《夏の思い出》はラジオを通じて全国へ広がり、尾瀬の名前を広く知らしめるきっかけにもなりました。

実際に尾瀬へ行ったことがなくても、歌を聴けば湿原や水芭蕉の風景を思い浮かべる。

音楽が、一つの地域のイメージを全国へ届けた例ともいえるでしょう。


「夏が来れば思い出す」のは、何だろう


ここで、改めて歌詞の冒頭に戻ってみましょう。

「夏が来れば思い出す」

この歌は、夏の訪れとともに、過去の記憶がよみがえるところから始まります。


そして、歌詞の中には、霧、野の小径、水芭蕉、浮き島といった風景が登場します。

興味深いのは、これらが単なる自然観察の記録ではなく、記憶の中の風景として描かれていることです。


例えば「やさしい影」。

それが具体的に何を指すのか、歌詞だけでは一つに決められません。

霧の中に浮かぶ木々や山の姿かもしれませんし、作者の記憶と結びついた別のイメージかもしれません。


ここは、歌う人や聴く人の想像に委ねられた部分でしょう。

また、2番には「浮き島」が登場します。

尾瀬には、植物や泥炭などが集まってできた浮島状の地形が見られます。

歌詞に登場する言葉を自然の特徴と重ねてみると、詩の世界がより具体的に感じられます。


江間章子が心に残した風景を、詩の言葉として表現した作品です。

その違いを大切にしながら読みたいところです。


水芭蕉は、本当に匂うの?


《夏の思い出》には、水芭蕉が匂っているという表現も登場します。

ところが、この表現についても、かつて疑問の声が寄せられたそうです。

水芭蕉には匂いがないのではないか、というものです。


これについて江間章子は、花そのものを鼻で嗅ぐ匂いでなくても、情景から漂うものを「匂っている」と表現できるのが詩の自由だと説明しています。

これは、とても興味深い言葉です。


詩に描かれる風景は、必ずしも科学的な観察記録と同じではありません。

実際の自然をもとにしながらも、作者の感覚や記憶によって表現されています。

  • 水芭蕉の白い姿。
  • 湿原の空気。
  • 霧の中に浮かぶ風景。

それらが一つになって、作者には「匂っている」と感じられたのかもしれません。

歌詞を読むときには、言葉を辞書の意味だけで捉えるのではなく、作者が何を感じ、何を表現しようとしたのかを想像することも大切なのでしょう。


《夏の思い出》の旋律が伝えるもの


中田喜直の旋律は、穏やかで、どこか懐かしい響きを持っています。

大きな感情を直接ぶつけるというよりも、心の中にある風景を静かに思い起こさせるような音楽です。

歌い出しから、言葉が自然に流れるように旋律が続いていきます。

中田が大切にした日本語の抑揚も、歌うときに意識してみたいところです。


例えば、「思い出す」という言葉。

この言葉には、過去と現在をつなぐ働きがあります。

また、「はるかな」という言葉には、場所だけでなく、時間的な隔たりも感じられます。

同じ旋律でも、どの言葉を大切に歌うかによって、聴く人が受け取る印象は変わるでしょう。


声を美しく響かせることだけでなく、言葉の意味を自然に届けること。

《夏の思い出》は、その大切さを教えてくれる歌曲でもあると思います。


尾瀬の自然を、これからも


《夏の思い出》によって広く知られるようになった尾瀬ですが、その自然は長年にわたり、多くの人々の保護活動によって守られてきました。

尾瀬では、湿原を踏み荒らさないための木道の整備や、自然環境の保全が続けられています。

また、水芭蕉の見頃は年によって変わり、雪解けの状況や場所によっても異なります。


尾瀬保護財団は、植物の開花状況や登山道の情報を発信しています。

実際に訪れる場合は、最新の自然情報を確認することが大切です。

歌の中で思い浮かべる美しい風景が、これからも残っていくことを願いたいですね。


《夏の思い出》を、もう一度聴いてみる


今回、《夏の思い出》について調べてみると、いくつもの発見がありました。

  • 水芭蕉は、場所によって咲く季節が違うこと。
  • 江間章子自身が、5月から6月を夏と呼ぶ理由を説明していたこと。
  • 戦争中に尾瀬の入口付近で見た水芭蕉が、幼い頃の記憶と重なっていたこと。
  • 中田喜直が、実際の尾瀬を知らずに詩から風景を想像して作曲したこと。
  • 母親の助言を受けて曲を見直したという逸話
  • 日本語の抑揚を大切にした作曲の姿勢。
  • 1949年のラジオ放送を通じて、尾瀬の名前が全国に広がっていった。

この曲は、美しい自然を描いた歌であると同時に、一人の詩人の記憶が言葉になり、その言葉が音楽となって、多くの人の心に新しい風景を生み出した作品ともいえそうです。


「夏が来れば思い出す」


皆さんは、この言葉を聴いて、どんな風景を思い浮かべるでしょうか。

尾瀬へ行ったことがある方も、ない方も。

それぞれの心に残る夏の記憶を重ねながら、もう一度《夏の思い出》を聴いてみてはいかがでしょうか。

こいねこでも、こうした歌詞の意味や曲が生まれた背景を大切にしながら、音楽をお届けしていきたいと思います。

参考資料


尾瀬保護財団「尾瀬の見どころ」
水芭蕉の見頃、尾瀬の季節について。
https://oze-fnd.or.jp/oza/a-sp/

尾瀬保護財団「尾瀬の動植物」
水芭蕉の開花時期と、尾瀬で見られる植物について。
https://oze-fnd.or.jp/oza/wildlife/

尾瀬保護財団「尾瀬の歴史」
1949年6月13日の《夏の思い出》放送記録について。
https://oze-fnd.or.jp/oza/a-st/

尾瀬保護財団「ミズバショウの役割」
植物の構造や生態について。
https://oze-fnd.or.jp/ozb/learning/d15/

環境省「春の自然観察」
水芭蕉の仏炎苞と実際の花の構造について。
https://chubu.env.go.jp/blog/page_00100.html

教育出版「夏の思い出」教材資料
江間章子・中田喜直の言葉、作者の略歴について。
https://www.kyoiku-shuppan.co.jp/textbook/chuu/ongaku/files/natsunoomoide-shiryou.pdf

池田小百合「なっとく童謡・唱歌/中田喜直の童謡唱歌」
江間章子の回想、作詞の背景、中田喜直の作曲と母親の逸話について。原著・新聞記事からの引用や紹介を含む調査資料。
https://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00nakata.htm

新潟市医師会「夏が来れば『何を』思い出すのか」
作詞・作曲の成立過程と、母親による助言の逸話について。
https://www.niigatashi-ishikai.or.jp/newsletter/contribution/2026052611746.html

日本交通公社「全国観光資源台帳/尾瀬ヶ原」
尾瀬の自然環境、浮島、自然保護の歴史について。
https://tabi.jtb.or.jp/res/100031-



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