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《見上げてごらん夜の星を》―なぜ「名もない星」を見上げたのか?

こいねこ

坂本九が歌う前、この歌には物語があった


「見上げてごらん 夜の星を」

日本で長く歌い継がれてきた《見上げてごらん夜の星を》。


坂本九さんの代表曲の一つとして知っている方も多いと思います。

夜空を見上げながら、希望や幸せを願う歌。


そんな印象を持っていたのですが、この曲がどのように生まれたのか調べてみると、少し違った景色が見えてきました。


この歌は、最初から坂本九さんのために作られた歌謡曲ではありません。


もともとは、一つのミュージカルの中で歌われた曲でした。


そして、その物語の主人公たちは、

昼間働き、夜に学校へ通う若者たちでした。



始まりは1960年のミュージカル


1960年、大阪労音で小さなミュージカル《見上げてごらん夜の星を》が初演されました。


作・演出は永六輔。

音楽はいずみたく。

そして美術を担当したのは、後に《アンパンマン》で知られることになるやなせたかしです。


永六輔バーチャル記念館にも、この3人によるミュージカルが1960年に大阪労音で初演され、3年後に坂本九主演で再演されたことが記録されています。大阪新音の70周年略年表にも、1960年7月の上演が残されています。


つまり、

永六輔 × いずみたく × やなせたかし。


後にそれぞれの分野で広く知られる3人が、一つの舞台を作っていたことになります。


《見上げてごらん夜の星を》は、そのミュージカルから生まれました。



坂本九が最初に歌った曲ではなかった


現在では坂本九さんの歌という印象が非常に強いですが、1960年の初演時点では、坂本九さんは出演者として記録されていません。


いずみたくの楽曲を管理するオールスタッフが掲載している初演資料には、伊藤素道らの名前が残されています。


坂本九さんによるレコードが発売されたのは、その3年後。


1963年5月1日。


作詞・永六輔、作曲・いずみたく、編曲・渋谷毅による《見上げてごらん夜の星を》がシングルとして発売されました。


B面も同じミュージカルから生まれた《勉強のチャチャチャ》でした。


さらに同年6月18日から20日には、東京・大手町サンケイホールで坂本九主演によるミュージカル版が上演されています。


時系列で整理しましょう。

1960年 ミュージカル初演
↓
1963年5月 坂本九によるレコード発売
↓
1963年6月 坂本九主演でミュージカル再演
↓
1963年11月 松竹で映画化

となります。


私たちがよく知る「坂本九の名曲」になる前に、この歌にはすでに舞台の物語がありました。



「太陽の下で働き、星空の下で学ぶ」


では、どんなミュージカルだったのでしょう。

1963年の再演プログラムには、こんな設定が記されています。


舞台は、小さな町にある定時制高校。

そこに通うのは、

「太陽の下で働き、星空の下で学ぶ」

若者たちです。


昼間は土建会社など、それぞれの場所で働く。


そして仕事が終わると、夜の学校へ向かう。


物語では、昼間に同じ教室を使っている全日制の女子生徒から手紙が届いたことをきっかけに、夜学生たちとの交流が始まります。


一緒に勉強したり、サイクリングに出かけたり。


その中で舞台は、

「なぜ勉強するのか?」
「なぜ働くのか?」

という問いへ進んでいきます。



なぜ「夜の星」??


ここからは、作詞者がそう説明したという史実ではなく、作品の背景を知ったうえでの一つの読み方です。


彼らは、

昼に働き、夜に学ぶ人たち。

学校へ向かう時間には、空には星が出ています。


そして1963年の舞台プログラムそのものが、彼らを「太陽の下で働き、星空の下で学ぶ」人たちと表現しています。


そう考えると、この曲の「夜空」は、単にロマンチックな背景として置かれたものとは違って聞こえてきます。


彼らが毎日を生きている時間の空でもあった。

そんなふうにも読むことができます。


「名もない星」は、誰なのか


歌の中には、

「ボクらのように 名もない星」

という言葉が登場します。


全文を掲載することはしませんが、この「ボクら」という言葉は気になります。


誰でも知っている有名な星ではない。

小さく光る、名前も知られていない星。

その星を歌は「ボクら」に重ねています。


そして、もともとの舞台にいたのは、昼間働きながら夜の学校へ通う、ごく普通の若者たちでした。


ここも、

「名もない星=定時制高校生」

と作者の意図として断定することはできません。


ただ、舞台の物語を知ったうえでこの言葉を聴くと、星を歌っていると同時に、そこに生きる人たちを歌っているようにも聞こえてきます。



「ささやかな幸せ」という言葉


もう一つ、何度も登場するのが、

「ささやかな幸せ」

です。


大きな成功でも、華やかな人生でもありません。

小さな星が、小さな光で照らす「ささやかな幸せ」。


物語の登場人物たちも、昼間働きながら学校へ通い、勉強し、人と出会い、悩みながら生きています。


そして舞台そのものが、

「なぜ勉強するのか」
「なぜ働くのか」

を問いかけています。


その物語の中で「ささやかな幸せ」という言葉がどんな意味なのかと言うことです。



いずみたくは「場面」を考えて曲を書いていた


ここは今回調べていて、特に興味深かったところです。

1963年の再演プログラムには、いずみたく自身によるミュージカル作曲についての文章が残されています。


いずみたくは、ミュージカルのテーマ曲は場面によって、喜び、悲しみ、怒りなど、さまざまな気持ちで歌われるところに面白さがあると説明しています。


そして、

台本を読み、その場面を想像しながら作曲していく。

そう書いています。


これは大切な手がかりです。


《見上げてごらん夜の星を》を、舞台とは無関係に作られた曲へ後から物語を重ねているわけではありません。


少なくとも作曲したいずみたくにとって、舞台の場面と音楽は最初から切り離されたものではなかったことが分かります。


そして1963年、映画になった

同じ1963年11月1日、《見上げてごらん夜の星を》は松竹で映画化されました。


主演は坂本九。

映画でも主人公・湯浅太平は、昼間働きながら定時制高校に通う高校3年生です。

同級生には40歳を過ぎて学ぶ生徒もいる。

生活に苦しむ若者もいる。

全日制の生徒との交流も描かれます。


出演者を見ると、坂本九のほか、

中村賀津雄、菅原文太、伴淳三郎、左とん平など、後に広く知られる俳優たちの名前も並んでいます。


一曲のヒットソングから想像する以上に、《見上げてごらん夜の星を》には大きな物語の世界がありました。


「夜空の名曲」だけではなかった


《見上げてごらん夜の星を》は、もちろん背景を知らなくても美しい曲です。


でも、

1960年のミュージカルから生まれたこと。


その舞台が定時制高校だったこと。

登場人物たちは昼間働き、夜に学んでいたこと。


そして、

「なぜ勉強するのか」「なぜ働くのか」を問いかける物語だったこと。

そこまで知ってから、

「夜」
「小さな星」
「名もない星」
「ささやかな幸せ」

という言葉を聴いてみる。


すると、これまで何度も聴いてきた歌が、少し違って聞こえてきます。


大きく輝く誰かではなくてもいい。

名前を知られていなくても、小さな光を持っている。


そして、その小さな光の中にある幸せを見つめる。


約65年前にこの歌が置かれていた舞台を知ることで、そういう聴き方もできるのではないでしょうか。


今度この曲を聴くときには、ほんの少しだけ、

「太陽の下で働き、星空の下で学んだ人たち」

のことも思い浮かべてみてください。


いつもの夜空が、少し違って見えるかもしれません。



主な参考資料・確認資料


永六輔バーチャル記念館「永六輔の足跡」⁠

オールスタッフ「ミュージカル 見上げてごらん夜の星を」⁠

大阪新音「労音70周年略年表」⁠

坂本九 Official Web Site「Memory 1963」⁠

松竹「見上げてごらん夜の星を」作品データベース

  • 営業時間不定
070-8397-4063

基本情報

名称こいねこ
フリガナコイネコ
住所187-0023 小平市上水新町1丁目17-18
電話番号070-8397-4063
メールアドレスkoinekomusic@gmail.com
営業時間詳しくはお問い合わせください
Instagramアカウントhttps://www.instagram.com/koinekomusic/
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