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(更新)
76万人のPISAから見えた、“AIを使うか”より大切なこと

図:公開資料をもとに編集部作成(生成AIを使用)
学校や家庭でも、こうしたAIの使い方は珍しいものではなくなってきました。では、AIに勉強を手伝ってもらうほど、子どもは自分で考えなくなってしまうのでしょうか。
2026年10月、オーストラリアでこの問題が改めて議論になっています。そして世界91の国・地域、76万人を超える15歳が参加した国際学習到達度調査「PISA 2025」からも、単純な「AIは良い」「AIは悪い」では説明できない結果が見えてきました。
※OECD(経済協力開発機構)が世界の15歳を対象に行う国際的な学習到達度調査「PISA」
今回の議論で重要になる言葉が、
cognitive offloading(認知的オフローディング)
です。難しそうな言葉ですが、簡単にいえば、頭の中で行っていた作業を、外部の道具に任せることです。例えば、電話番号を覚えずスマートフォンに保存することも、計算を電卓に任せることも認知的オフローディングの一種です。
それ自体が悪いわけではありません。
問題になるのは、「何を学ぶための勉強なのか」と「AIに何を任せるのか」が重なってしまった場合です。2026年10月1日に学術誌『Educational Psychology Review』で公開された査読付きレビューでは、この問題を「人間とAIの認知的な仕事をどう分担するか」という観点から整理しています。
例えば、学習目標とは直接関係しない作業をAIに任せ、その分、本当に考えるべき問題へ集中できるのであれば、AIは学習を助ける可能性があります。一方、本来その学習で身につけるはずだった思考そのものをAIに任せてしまえば、その過程を経験しないまま答えだけを得ることになる可能性があります。
つまり重要なのは、「AIを使ったかどうか」ではなく、「どの思考をAIに任せたか」なのです。
この問題を考える大きな材料になっているのが、OECD(経済協力開発機構)が2026年9月8日に公表した「PISA 2025」です。PISA 2025には、世界91の国・地域から76万人を超える15歳が参加しました。その結果、OECD加盟国では、46%の生徒が、学習を助けるためAIチャットボットを週1回以上利用していることが分かりました。
15歳の学習にAIが入り込むことは、すでに一部の子どもだけの問題ではなくなっています。
さらに興味深い結果があります。OECDによると、作文課題の文章を下書きするためにAIを使わなかったと回答した生徒は、使ったと回答した生徒より成績が高い傾向が確認されました。
もう一つ、非常に重要な結果があります。AIを頻繁に学習へ利用している生徒の中でも、「AIが出した情報の質をどう評価するか」を教えられていた生徒は、そうした指導を受けていない生徒より成績が高い傾向が確認されました。
ここから見えてくるのは、単純な
「AIを使う=悪い」
という構図ではありません。
同じAIを使っていても、
によって、学習との関係は大きく変わる可能性があります。「AIを使うか」ではなく「何をAIに任せるか」10月1日に公開されたレビュー論文では、この違いを「augmentation(増強)」と「erosion(侵食)」という考え方で整理しています。
例えば、難しい文章を理解することが目的なのに、AIに全文を要約させ、その要約だけを読んで終わったとします。もし「文章を読み、重要な部分を見つけ、自分なりに整理すること」自体が今回の学習目的だったなら、その重要な思考過程までAIに任せてしまったことになります。
反対に、自分で文章を読み、要点を整理した後、
「自分が見落としている論点はある?」
とAIに確認するならどうでしょう。
この場合、中心となる思考は自分で行いながら、AIを補助役として利用できます。
つまり、AIに任せてよい作業は、いつも同じではありません。「その勉強で何を身につけたいのか」によって変わります。
同じ「作文でAIを使う」でも、大きく違います。自分でテーマについて考え、自分で文章を書いたあと、「分かりにくいところを指摘して」とAIに頼む。
これは、自分の文章を振り返るための補助として使えます。
一方、「このテーマで800字の作文を書いて」と最初から文章そのものを作ってもらえば、本来経験するはずだった「考える→構成する→言葉にする」という作業の多くをAIが行うことになります。完成した作文だけを見れば、後者の方が上手かもしれません。
でも、「良い成果物ができたこと」と「本人が学んだこと」は同じではありません。今回のレビューでも、AIによってその場の成果物の質が上がることと、AIなしでも使える知識や能力が身につくことを区別して考える必要性が指摘されています。
10月5日、オーストラリアでは連邦教育省が、学校教育への生成AI導入をめぐる議論の中で、AIへの過度な依存が子どもの批判的思考や基礎的な学習へ及ぼす影響について懸念を示したことが報じられました。
オーストラリアでは以前から、教育研究者の間でも認知的オフローディングが大きな論点になっています。
ただし、ここでも「学校からAIをなくせば解決する」という議論にはなっていません。
実際、オーストラリア政府の学校向け生成AIフレームワークも、AIを一律に排除するのではなく、安全性や学習目的を踏まえながら活用する方向を示しています。
AIには、個々の生徒に合わせて説明を変えたり、理解を助けたり、教師を支援したりできる可能性もあるからです。
現時点の研究から考えると、問いは、「AIを使わせるか、禁止するか」だけでは足りません。むしろ家庭や学校で考える必要があるのは、「この課題で、子ども自身に何を考えてほしいのか?」ではないでしょうか。
例えば、
「まず自分で考えてからAIに聞く」
「答えではなくヒントを聞く」
「AIの回答が正しいか別の資料で確認する」
「最後にAIなしで説明してみる」
といった使い方なら、AIを「考える代わり」ではなく、考えるための道具として使える可能性があります。
逆に、身につけるべき思考そのものをAIへ渡してしまえば、便利になる一方で、本来経験するはずだった学習過程を飛ばしてしまう可能性があります。
これは海外だけの話ではありません。私たちの子どもにとっても、生成AIはこれからますます身近な学習道具になっていくでしょう。
分からないことをAIに質問すること自体は、今後さらに普通になっていくかもしれません。
だからこそ必要なのは、「AIを使ってはいけない」と教えることだけではなく、「何をAIに任せ、何を自分で考えるのか」を判断できる力を育てることなのかもしれません。
76万人を超えるPISAのデータと最新の教育研究から見えてくるのは、AIが子どもの考える力を奪うかどうかは、AIそのものだけで決まるわけではないということです。
AIに考えてもらうのか。
AIと一緒に考えるのか。
それとも、まず自分で考えてからAIを使うのか。
これからの学校や家庭では、「AIを使える力」と同時に、「AIに任せない力」も必要になるのではないでしょうか。
OECD「PISA 2025 Results (Volume I)」
2026年9月8日公表
https://www.oecd.org/en/publications/pisa-2025-results-volume-i_73451bc5-en.html
OECD「PISA 2025: Students’ reading and mathematics performance declined sharply across the OECD」
2026年9月8日公表
https://www.oecd.org/en/about/news/press-releases/2026/09/pisa-2025-students-reading-and-mathematics-performance-declined-sharply-across-the-oecd.html
Daiki Nakamura
“Augmentation or Erosion? Regulating Cognitive Offloading in Generative AI-Supported STEM Learning”
Educational Psychology Review, 2026年10月1日公開
https://link.springer.com/article/10.1007/s10648-026-10224-6
Australian Government Department of Education
“Australian Framework for Generative Artificial Intelligence in Schools”
https://www.education.gov.au/download/17416/australian-framework-generative-artificial-intelligence-ai-schools/35400/document/pdf
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